▼264▲ 二律背反に悩む前衛芸術家
夕食後に十分な食休みを取ってから、エイジン、グレタ、イングリッドの三人は夜のジョギングに出向き、健全にひと汗かいて小屋に戻ると、
「では、このままお風呂へご一緒しましょう。エイジン先生」
イングリッドがさも当然の様に不健全な事を言い、エイジンの左腕をがっちりホールドした。
「いいよ。あんたらが先に入ってくれ。俺は後でいいから」
エイジンが抵抗するが、
「エイジンの意見は二対一で却下よ」
グレタも訳の分からない事を言って、その右腕をホールドする。
結局エイジンは、警察にしょっぴかれる詐欺師よろしくイングリッドとグレタに両腕を抱えられて風呂場へ連行され、いつもの様に三人仲良く湯船に浸かる羽目になった。
「やはり、エイジン先生が入っているのと入っていないのでは、お風呂の効能が違います」
エイジンの左肩に自分の右肩をくっつける様にしてその裸身を寄せ、真顔でしれっと言うイングリッド。
「俺は備長炭か。いっそ普通に入浴剤入れたらどうだ。もしくは空気の泡が出るマット敷いたり」
同じく真顔で提案するエイジン。
「入浴剤やジェットバスはお湯の透明度が下がって、視覚的な楽しみが減ってしまうので脚下します」
「お互い、もう裸なんざ散々見慣れてるだろ」
「いえ、さも興味ないフリをしながらも私達にあられもない姿でくっつかれてつい膨張してしまうエイジン先生の体の一部を見る楽しみです」
「発想が本物の痴女になってるぞ、おい」
「軽いジョークです。そんなに目くじらを立てず、少しは優しくサービスしてください」
「あんたの頭の上に、ぽん、と手を乗せて、『よしよし』と頭をなでろ、ってか?」
「いえ、私の頭の上にエイジン先生の膨張した部分を乗せて『チョンマゲ』と」
「それはサービスじゃなくてただの一発芸だ。しかも高確率で顰蹙買うやつ」
「さらにそれを私が口に咥えて『恵方巻』と返します」
「続きがあるのかよ」
「そしてそのまま湯船に沈んで『シュノーケル』」
「ダイバーに謝れ」
「このコンボ芸の欠点は、『エイジン先生の体の一部を咥えている間、私はどうやって言葉を発すればいいのか?』、という事ですが、何か良い方法はないでしょうか?」
「永遠に悩め」
そんな二人のアホな会話に割って入るタイミングがつかめないまま、エイジン先生の右腕にすがりつく様にして裸身を寄せるグレタは、うっとりとした表情で目を閉じ、一週間分の空白を補充している。




