▼262▲ 甘いモンブランを通して語られる世界
「エイジン先生とこうしてキッチンで差し向かいでお話していると、ようやくいつもの日常が戻ったという事を実感出来ます」
さっきまでリスの着ぐるみ姿でしょうもない一発ギャグを披露していたイングリッドが、そんな茶番など最初からなかったかの様にしみじみとした口調で言う。
「俺の方の日常は一週間で強制終了させられたけどな」
エイジン先生は淡々と言い返しつつ、紐状にコーティングされたモンブランのマロンクリームを一口食べて、
「このモンブランもあんたが作ったのか。栗の風味がよく出てて美味い」
手作りスイーツの出来栄えを素直に褒めた。
「お気に召して頂けたなら何よりです。ちなみに隠し味で私の体液を入れました」
「下手な嘘はいいから。あんたがこと料理に関してそんなふざけた真似をするはずがない」
「冷静に返されましても。そこは『ブーッ』と噴き出してむせるシーンでしょう。お笑い的に」
「食い物を粗末にするギャグは扱いが難しいんだ。下手すると視聴者の好感度を下げる」
「『この後スタッフが美味しく頂きました』とテロップを流すのですね。もしくはエイジン先生がテーブルにぶちまけたモンブランを私が犬のごとくペロペロと」
「視聴者が引きまくるわ。あんただって、丹精込めて作った料理は美味しく完食してもらった方が嬉しいだろう」
「そうですね。では、明日のスイーツは私の体を使った女体盛りにしましょうか」
「女体が邪魔だ。普通に食える物だけ出してくれ」
「女体も食して頂くのです。性的な意味で」
「そのまま山奥に運んで一晩放置すれば、獣が喜んで食してくれるぞ。文字通りの意味で」
「申し訳ありませんが、エイジン先生以外に食されるのは遠慮します。たとえエイジン先生が、いたいけなヒロインを見ず知らずの暴漢達に輪姦させる鬼畜シチュエーションがお好きだとしても」
「むしろ嫌いだよ、そんなどぎついシチュ」
「では、どの様なシチュがお好みで?」
「古き良き時代のほのぼの系少女漫画の様に、ただ平和で穏やかな日々が淡々と続くのなんか最高だな」
「なるほど。一見エロと関係なさそうな絵柄のキャラがくんずほぐれつしているのがお好みと」
「エロ同人じゃねえよ。昔はちゃんとそういう漫画があったんだ。今もあるにはあるだろうが」
「エロなしで売るのは難しくないですか」
「どうなんだろうな。難しいかもしれないが、子供向けは当たればでかいぞ。エロがない分、親が買い与え易いのと、幅広い分野でのキャラクター商法が見込める」
「結局はお金ですか。エロの方が欲望にストレートな分、健全な気がしてきました」
「エロだって金さ。金に困ればほのぼの系漫画家も普通にエロ漫画を描く」
「最近はエロ漫画家が一般漫画誌に進出するパターンも増えてます」
「得意なエロ表現で制約を受ける分、やりづらいだろうなあ」
エイジン先生は紅茶を一口飲んでから、
「なんでモンブランからこんな話になったんだ」
目の前にいる一見有能そうな美人メイドの顔を見つめた。
もちろん、こいつのせい。




