▼26▲ 謎の古武術マスター
修行と称する全く意味のない作業をさせられ、さぞ不満タラタラかと思いきや、稽古場に来て見ると、グレタは既に作業用の赤いツナギを着こんでおり、
「さ、今日も修行を続けるわよ」
と、気合いも十分なご様子。
側にいるアンヌの表情が心なし曇っているのは、詐欺に加担してお嬢様を騙している事への後ろめたさによるものだろうか。つくづく人を騙せないタイプである。
「うむ。では、早速現場に行こう」
昨日の場所まで来て、グレタに別の穴を掘る様命じた後、エイジン先生はそこから少し離れた所に、折り畳み式の小テーブルと小椅子を置いて、アラン、アンヌと車座になり、
「では、グレタ嬢はあのまま放っておいて、作戦会議を始める」
と宣言する。
「何か、すごくお嬢様に申し訳ない事をしている気がします」
アンヌが情けない声で言う。
「実際、申し訳ない事をしてるんだから仕方ない。それより例の物は?」
「はい、ここに」
アンヌは写真が添付された書類を小テーブルに置き、
「これが、リリアン嬢が師匠として異世界から召喚した古武術マスター、三船連太郎の資料です。エイジン先生はこの男をご存じですか?」
と尋ねた。
エイジンは書類を手に取って、写真を見た後で、
「いや、知らない奴だ。ってか、俺はそもそも古武術と何の関係もないから、当然なんだが」
と言って、書類を、ぽい、とテーブルに投げた。
「このレンタローという古武術マスターは、実に凄まじい経歴の持ち主です」
アンヌは書類を取り上げ、そこに書かれている内容を読み上げて行く。
曰く、レンタローの祖先は奈良時代に聖武天皇のボディーガードを務め、その子孫も代々権力者のボディーガードとして日本の歴史の裏で暗躍してきたという。
「なんじゃそりゃ。大体ボディーガードって、歴史にそんなに影響を及ぼせるもんなのか。大統領のボディーガードとか、法案の審議にすら関われないと思うんだが」
そんな大層な家系に生まれたレンタローもまた、幼い頃から親に古武術を仕込まれ、中学生にして空手、柔道、合気道、剣道、華道、茶道の達人に全勝する程の実力を身に付ける。
「待て、華道と茶道に勝ってどうする。武術じゃねえぞ、それ」
学校の成績は優秀だったが、あえて進学校には行かず、己を鍛える為に、手の付けられない不良達が集結する地元の底辺高校へ入学。そこでケンカに明け暮れて実戦の腕をみがき、不良達を一通りシめた後、自主的に退学する。
「何で武術の達人に全勝した程の奴が、ただの不良高校生相手にケンカを売るんだ。順序が逆だろ」
高校を自主退学した後、世界各国を巡る武者修行の旅に出る。その旅先で、プロレス、ボクシング、フェンシング、ムエタイ、中国拳法、ブラジリアン柔術、カポエイラ、システマ、サバット、カラリパヤット、クラブマガ、シラット、モンサンミシェルなど、様々な武術の達人と戦って全勝。古武術の強さを証明する。
「そこまで話がでかくなると、ツッコむ気も失せるわ。あと、モンサンミシェルは武術じゃなくて観光名所だ」
流石のエイジン先生も、これには苦笑い。




