▼259▲ 昼寝に発生する給料
切ない乙女心を完膚なきまでに茶化されて抗議するも、結局いつもの様にエイジン先生に煙に巻かれてしまうグレタ。
スリッパの引っ張り合いに負けた子犬の様に釈然としない表情のまま、渋々と言われた通りに写経に取り掛かるが、約二十分程集中して字を書いた後で、
「足が痺れたわ。マッサージして」
少し離れた所で二つ折りにした座布団を枕にして寝っ転がっていたエイジンの隣にうつ伏せになり、にっこりと笑いながらご奉仕を要求する。さながらボールを口に咥えてやって来て、「あそんで」、と要求する子犬の様。
「あんたは師匠を何だと思ってるんだよ」
師匠と言うより、やる気のないダメ生徒にしか見えないエイジンが言う。
「コーチが選手のマッサージをするのは普通でしょ?」
「写経はいつからスポーツになったんだよ」
「この前はエイジンの方から申し出てくれたじゃない」
「あの時は痺れがひどかったからな。あまり痺れてない足を触っても反応が面白くない」
「人が苦しんでるのを面白がらないで! いいからマッサージするの!」
エイジンは面倒くさそうに起き上がり、駄々っ子化してバタバタと動かしているグレタの足を取って、そのふくらはぎを軽く揉み始めた。
「合間合間にマッサージが必要な程ハードな写経なんて聞いた事ねえよ」
「あー、いい気持ち。この一週間の心の傷が癒えていくわー」
エイジンのボヤキを無視して、うっとりとした表情になるグレタ。
「第一、写経なら疲れるのは足より右手だろう」
エイジンは、うつぶせになったグレタのあごの下からその右手を引っ張り出し、ひじから手首、そして掌から指を揉みほぐし始める。
「うー、痛いけど気持ちいいー」
苦しさと快感が一度に押し寄せて少し変な顔になるのを止められないグレタ。
「肩から首の辺りも結構凝ってるな」
「んー」
「背骨の横も一通りやっておくか」
「ん、ん、ん、ん」
「背中全体をちょっと軽めに」
「……ねえ、エイジン。気持ち良すぎて、何だか眠くなって来ちゃった」
「この一週間張りつめてた気が緩んだんだろう。少し寝るといい。おやすみ」
「おや……すみ……」
エイジンに頭を優しく撫でられながら、眠りに落ちるグレタ。
「よし寝たな……さて」
こうして無事グレタをシャットダウンする事に成功したエイジン先生は、その隣で二つ折りにした座布団を枕にして、自分も昼寝を始めてしまう。
相変わらずの給料泥棒であった。




