▼250▲ 脱走から帰還した犬を泣きながら叱る飼い主
グレタとの通話を手短に終えたジュディは、いつもの無表情に戻り、いつもの淡々とした口調で、
「では、今からガル家に移動します」
エイジンに宣言し、椅子からすっくと立ち上がった。
次の瞬間、二人は荒波打ち寄せる崖の上から、ガル家の敷地内の例の小屋の前に瞬間移動する。ただし移動したのは二人だけで、椅子とテーブルとティーセットは一緒ではない。
必然、空気椅子状態のエイジン先生は、地面に盛大に尻もちをついてひっくり返る。
「随分子供じみた嫌がらせだな、おい」
上半身を起こして抗議するエイジン。
「予告はしました」
「予告と同時に移動したら意味ねえだろ」
「エイジンさんの国ではこんな言葉があるそうですね。『トラトラトラ』」
「やかましい」
と、その時、小屋のドアが勢いよく開き、
「エイジン!」
悲鳴に近い叫び声を上げながら、肩丸出しでスカートの裾が広がった黒いドレスに身を包んだグレタが、金髪縦ロールを揺らしながらエイジン目がけて鉄砲玉の如く飛び出して来た。そのすぐ後ろからは、いつものエプロンドレス姿のイングリッドもついて来る。
「ちょっと待て、おい、落ち着――」
そんな制止の声を無視して、グレタはドレスが汚れるのも構わず、地面に尻もちをついたままのエイジンに正面から抱きついて押し倒し、
「なんで、また何も言わずにいなくなっちゃうのよ!」
そのまま胸に顔を埋めて泣き出した。
「とにかく落ち着け。ジュディからもう聞いてるかもしれないが、俺はあんたが逮捕されない様に裏取引をして」
「エイジンがいなくなる位なら、私が逮捕された方がマシよ!」
エイジンに跨り、相手の胸倉をつかんで、グイ、と上半身を引き起こし、声を荒げるグレタ。
「私からも、『突然いなくなったりしないでください』、と念を押しましたよね、エイジン先生?」
引き起こされた上半身の背後から、さらにイングリッドも抱きつき、恨み言を言いつつ、クンクンとエイジンの頭の匂いを嗅ぎ始める。
「やめろ。犬か、あんたは」
「犬はエイジンの方よ! 突然脱走するなんて! 飼い主がどれだけ心配するか考えた事があるの!?」
グレタがわめくと、
「多分、犬はそんな事考えないから脱走するんだろ。それに、外の世界を堪能したら、また戻って来る」
エイジンが冷静に答え、
「戻って来れなくなったらどうするのよ!」
グレタがさらにわめく。
「落ち着け。とにかく、立ち上がらせてくれ」
前後から抱きつく二人を何とか宥めすかして、一緒に立ちあがるエイジン。ようやく抱きつきから解放されたもののの、
「少しは感謝して労われ。俺はあんたらの為に最善を尽くしたんだぜ」
「何でそうやって一人で勝手に決めちゃうのよ! 少しは相談してよ!」
「今回の場合、あんたらに相談しても、大して役に立ったとは思えない」
「何ですって!」
グレタの糾弾は止まらない。エイジンののらりくらりとした態度が火に油を注いでいる。
そこへジュディ捜査官が間に割って入って来て、魔法で大きなハリセンを二つ出し、
「お使いになりますか? 叩いても音が大きい割にダメージが少ないので、愛しい人を傷付ける事なく、怒りをブチまけるのに最適なアイテムらしいです」
と無表情で言ってから、グレタとイングリッドにそれらを差し出すと、
「ありがとう、ジュディ。使わせてもらうわ」
「では、私も」
二人はそれぞれハリセンを受け取り、エイジンに向けて構えた。
「待て、それは怒りをブチまけるアイテムではなく、相方のボケを引き立たせる小道具だ。そういう目的で使うんじゃ」
「うるさいわね!」
抗議しかけたエイジン先生の頭を勢いよくハリセンで叩くグレタ。




