▼249▲ ボロボロの勝者と余裕の敗者
自らの精神に負った深刻なダメージと引き換えに、何とかエイジンを降参させる事に成功したジュディ捜査官は、テーブルに両手を突いたまま、糸が切れた様にガクリと下を向き、大きなため息をついてから、ゆっくりと自分の椅子に腰を下ろして、
「これで説明は全て終わりです」
とだけ言って、疲れきった様子で紅茶を一口飲んだ。
「で、どうするね。今度は結婚詐欺の容疑をでっち上げて、俺を不当逮捕するシナリオか?」
そんなジュディを茶化すエイジン先生。疲れた様子は全く見られない。
「しませんよ。そんな事をすれば、グレタさん達が悲しみますから」
「すっかりグレタ嬢と仲良くなったみたいだな。最初は陥れようとしてた癖に」
「私が間違っていました。今はグレタさんを応援しています。もちろん、イングリッドさんも」
「それはそれとして、立て替えた二千万円はちゃんとグレタ嬢に請求しとけよ。友情と金は別だ」
「請求はしません。それは私が負うべきペナルティとして、私が自腹を切ります。二度の異世界転移に要した諸費用も込みで」
「いよっ、漢だねえ。女だけど」
「今回の件は特別捜査官である私にとって、いい勉強になりました。『世の中には、こちらの想像を遥かに超えた悪質な詐欺師がいる』、と」
「ひでえ奴がいたもんだな」
「ツッコみませんよ。そんな悪質な詐欺師であっても、グレタさんとイングリッドさんにとっては、かけがえのない大切な人です。この後、すぐにガル家に送り届けて差し上げますが、まだ何か言いたい事があればどうぞ」
「じゃあ、言わせてもらおうか。まず、グレタもイングリッドも俺の婚約相手なんかじゃない」
「この期に及んで、まだそんな往生際の悪い事を言いますか」
「二人共、俺にとっちゃあ、出来の悪い妹みたいなもんだからな」
三日前、ジェームズに妹扱いされて玉砕したばかりのジュディのトラウマを容赦なくえぐりに行くエイジン先生。
「それは、もしかしなくても、私への当て付けですね」
エイジンを親の仇の如く睨みつけるジュディ。
「それともう一つ。俺を『ジェームズお兄ちゃん』の代わりにするのはやめろ」
「はあ!? あなたの様な詐欺師に、ジェームズさんの代わりが務まるとでも思っているんですか!」
思わず素っ頓狂な声を上げるジュディ。クールなキャラは完全に崩壊している。
「落ち着け。そういう意味じゃない。あんたはやたら俺とグレタとイングリッドをくっつけたがってる様だが、それは、満たされなかったもう一つの願望を投影しようとしてるだけじゃないのか、って話だ」
「どういう意味です」
「『第一夫人にはなれなくても、せめて第二夫人になれたらいいのに』っていう、往生際の悪い願望だ」
エイジン先生は睨みつけて来るジュディの視線を、半ば憐れむ様な表情で受け止めつつ説明する。
「もちろんジェームズ君はそんな二股をする様な奴じゃない。だから代わりに、俺とグレタとイングリッドの三人の結婚を応援する事で、その願望を歪んだ形で満たそうとしてるんじゃないか? 簡単に言うと、俺がジェームズ君で、グレタがリリアンで、イングリッドがあんただ」
そう言われて、ますますエイジン先生を睨みつける目が険しくなるジュディ。だが、反論はせず、
「本当に嫌な人ですね、あなたは」
押さえきれない怒りを露わにしつつ、少し震えた声で言う。
「人は人、自分は自分さ。他人に投影した願望なんて、何の意味もねえよ。それより、自分が幸せになれるように思考を早く切り替えた方が――」
エイジン先生の上から目線な説教を無視して、ジュディは自分の携帯を魔法で出すと、
「もしもし、グレタさんですか? たった今、こちらの世界にエイジンさんを召喚しました。今すぐそちらに連行します。ええ、瞬間移動魔法で」
これ聞えよがしに大きな声で、エイジンの帰還を待ちわびるグレタに連絡を取った。




