▼247▲ 捨て身の特攻からの玉砕
いつものクールな態度をかなぐり捨て、「刺し違えてでもお前を倒す」と言わんばかりの気迫と共に挑み掛かって来たジュディ捜査官に対し、エイジン先生は悠々と紅茶の残りを飲みきって、空になったティーカップをテーブルに置いてから、
「あえてクイーンを捨てて勝負に出た、って顔だな。『メルツェルの将棋指し』の中の人も大変だ」
と、本当に分かっているのか、それともよく分からないので適当にチェスっぽい事を言ってごまかしているのか、判別しかねる曖昧な返答をした。
「中の人などいません」
突然テーブルの上に白くて丸っこいティーポットが現れ、ジュディは前に身を乗り出してそれを取り、エイジンの空のティーカップに湯気の立つ熱い紅茶を淹れてやる。
「ついでにタネも仕掛けもないってか」
目の前で淡々と行われる魔法に驚きつつも、混ぜっ返すエイジン。
「エイジンさんはタネと仕掛けだらけですね」
「そこに『人を思いやれる優しい心』も追加しろ」
「ないものは追加出来ません」
「ひどい言い草だな、おい」
ジュディは抗議をスルーして自分のティーカップにも紅茶を追加し、それを一口飲んでから、エイジンを見据え、
「話を元に戻しましょう。三日前、とあるパーティーがあり、私はそこに出席して来ました」
「あんたでもパーティーとかに行くのか。まあ、名家の人間だもんな」
「お察しの通り、私はああいう雰囲気があまり好きではありません。普段は招待されても、仕事が忙しいのにかこつけてほとんど断っています」
「正解だな。パーティーとかオフ会とか、コミュ障にとっちゃただの苦行だ。家でテレビのお笑い番組でも見てた方が気が晴れる」
「ですが、今回、私はあえて行く事にしました。というのも、ちょうどそのパーティー会場がストラグル家だったのです」
「それはまた、自分から地雷原に足を突っ込む様な真似を。愛しの『ジェームズお兄ちゃん』と新妻リリアンとのイチャイチャバカップルっぷりを、嫌でも見せつけられる場所だろう」
「ええ。辛くないと言えば嘘になりますが、それでも行かねばなりませんでした」
「あんたにそういうドM趣味があったとはね」
「ありません。パーティーの参加者は普段パーティーに出ない私が出席しているのを見て、少なからず驚いている様でした」
「『あ、あの珍獣が目の前に!』的なノリか」
「そんな所です。私はジェームズさんとリリアンさんが、多くの客に取り巻かれて話をしている所へ挨拶に伺いました」
「地雷にピンポイントで直行か。まあ、主催者だから顔を合わせない訳にも行かないが」
「ジェームズさんは、私の姿を認めると周りの人達との話を中断して、『ジュディ、よく来てくれたね!』、と嬉しそうに言って、人をかき分けながら出迎えてくれました」
「いい奴だな、『ジェームズお兄ちゃん』」
「ええ、今も昔も変わらず、優しい『ジェームズお兄ちゃん』でしたよ」
「で、あんたは照れ隠しのいつもの無表情で、『オヒサシブリデスネ、ゴキゲンイカガデスカ?』、と抑揚のない合成音声で答えたんだな」
「人を自動販売機みたいに言わないでください。無表情だったのは認めます。二言三言、言葉を交わした後、奥さんの所に連れて行かれて紹介されました」
「いよいよ修羅場か」
「違います。ですが、私はそこで修羅場になってもおかしくない事をしてしまいました」
「二時間ドラマっぽくなってきたな」
「大した事ではありませんよ。奥さんと多くの客が見ている前でジェームズさんに、『小さい頃からずっと、「ジェームズお兄ちゃん」の事が大好きでした』、と告白しただけです」
「新婚夫婦の前に、過去の女が登場。修羅場はCMの後で」
「二時間ドラマから離れてください。それに、全然修羅場にはなりませんでしたよ。すぐにジェームズさんが、『僕も君の事が大好きだよ、ジュディ。小さい頃からずっと本当の妹みたいに思ってたからね』、とフォローを入れてくれましたから」
ジュディは半ばヤケ気味に自虐的な笑みを浮かべ、
「長年に亘って誰の目にも触れさせる事なく、大切に心の奥底にしまっておいた私の想いは、その時粉々に砕け散りました。『ジェームズお兄ちゃん』にとって私は恋愛対象ではなく、ただの『妹』だったのです」
目を少しうるませながら、
「グレタさんと婚約しようとしまいと、リリアンさんと結婚しようとしまいと、そんな事に関係なく、最初から私はただの『妹』だったのです」
大事な事なので二回言いました。




