▼246▲ 子供と飼い犬とビスケット
「グレタ嬢は、与えられた状況に安易に妥協する事が出来ない。一言で言えば『ワガママ』だ」
椅子の背に寄りかかり、紅茶を悠々と飲みながら、エイジン先生がグレタについて偉そうに解説する。
「ワガママな奴は厄介だが、一つ美点もある。それは『裏表が少ない』という所だ。グレタ嬢は誰かさんと違って感情表現がオープンで、好きなら好き、嫌いなら嫌い、その辺は隠す事なくハッキリと主張する」
「直接話してみて、私もそれを実感しました。グレタさんは誰かさんと違って人を騙したり出来ませんね」
もうかなり精神的にボコボコにされながらも、何とかやり返すジュディ捜査官。
「だから、ジェームズ君をフルボッコにしたのも、二人の間に色恋沙汰がなかった事の証拠だ」
「ジェームズさんにひどい暴力を振るった事は許しがたいですが、グレタさんもまた望まぬ婚約を押し付けられた被害者であった事を考慮すれば、情状酌量の余地はあります」
「翻訳すると、『グレタがジェームズお兄ちゃんに暴力を振るってたのは許せなかったけど、それは二人が恋仲じゃなかったって事の証明だと分かって嬉しい!』、ってとこか」
「どれだけエキサイティングな翻訳をすればそうなるんですか」
「あんたの性格を考慮して意訳してみた」
ジュディはしばし沈黙し、紅茶を一口飲んでから、
「話を戻しましょう。グレタさんは自分でも気付かぬ内に狡猾な結婚詐欺師に騙されていました。そして私も気付かぬ内に、その結婚詐欺師の逃亡に手を貸してしまっていたのです。過ちはすぐに正さねばなりません。グレタさんには、『一週間後に異世界転移の準備が整う魔法陣があるので、それでエイジンさんをこちらに再召喚します』、と約束して安心させました」
「だから、その『結婚詐欺師』ってのはやめてくれ」
「エイジンさんがきちんと責任を取って、グレタさんとイングリッドさんの二人と結婚するまでやめません」
「そのふざけた話も聞いたのか」
「ええ、グレタさんは寛容な女性ですね。これも意外でした。『狂犬』のイメージからすると、自分が好きなものは独り占めしないと気が済まない性格かと思いましたが」
「あの二人は特別だ。『狂犬』呼ばわりされている時も、イングリッドだけはグレタ嬢の味方だったからな。幾多の戦場を共に乗り越えて来た戦友みたいなもんなんだろう」
「重婚が認められているとは言え、この世界でも実質的には一夫一妻制です。一夫多妻を選択するのはよほどの変わり者ですよ」
「よほどの変わり者なんだよ、あいつらは。まあ、今までずっと『世間一般の常識』と戦って来たから、その辺の慣習に無頓着なのかもしれん。一枚のビスケットを仲良く半分こして食べる、子供とその飼い犬みたいな感覚なんだろうよ」
「ならば、潔く二人に食べられてあげたらどうです」
「グレタ嬢は世間からずっと『狂犬』呼ばわりされ、イングリッドはそんなグレタ嬢を側で支え続けた。たった二人で心細い戦いを続けていた所に、突然、そんな二人を色眼鏡で見ない男が異世界からやって来て、危機的な状況から二人を救ってやったんだ」
「その話も詳しく聞きました。グレタさんとイングリッドさんとアランさんから」
「当然、男は過剰なまでに英雄視される。敵意の扱いには慣れている二人だが、好意となるとどう制御していいのか分からない。結果、男は色々な意味で行き過ぎた好意を二人から寄せられる事になった訳だ」
「その好意の具体的な内容は、アランさんから特に詳しく聞きました」
「アラン君も災難だったな。それはともかく、そんな暴走気味の女性の好意に付け込んでモノにしてやろう、などとよからぬ事を企むのは、男らしくないと思いませんかね、ジュディ様?」
「思いません」
「即答かい」
「女性の好意に付け込んで大金を巻き上げて逃げようと企む方が、よっぽど男らしくありません」
「企んでねえよ。正当な対価を頂こうとしてるだけだ」
「しかも、金が別ルートで回収出来そうだと分かると、寄せられた好意に何の決着もつけずに逃亡を図るなど、どの口で男を語りますか」
「逃亡、逃亡って言うけどな」
エイジン先生はティーカップ片手に憎たらしい笑みを浮かべつつ、
「その逃亡で得をした事についちゃ、あんたも同罪なんだぜ。だから俺の計画に手を貸したんだろうが」
「そうですね。私は実に愚かでした」
「『グレタ嬢に何もしなければ、俺もあんたの秘密をバラさない』って約束を信じる事さえ出来たなら、俺を手間暇かけて元の世界に強制送還する必要もなかったんだ。ま、こうして再びこっちに召喚した所をみると、俺を少しは信用する気になったんだろうけどな」
「私は今もエイジンさんを信用してませんよ」
ジュディは無表情で淡々と、しかし何か意味ありげな口調でエイジンに言う。
「何をするつもりだ、あんた」
エイジンが少し訝しげに問うと、
「『するつもり』ではなく、『もう済ませた』と言えばお分かりですか、『エイジン先生』?」
珍しく無表情を崩し、代わりに何か覚悟を完了した様な笑顔を浮かべつつ問い返すジュディ捜査官。
反撃はこれからだ、と言わんばかりに。
もしくは捨て身の特攻をかけようとする飛行機のパイロットが敵艦に突っ込む直前の様に。




