▼237▲ 二時間ドラマの中盤で犯人を脅迫するという自殺行為
二時間サスペンスドラマの数あるお約束の内、「真相に気付いたバカが、よせばいいのに犯人を脅迫し、その結果殺される」、のは割とよく見られるパターンである。
ある意味、今のエイジン先生はそんなバカの役そのものを演じていたが、
「乗りかかった妄想ですから、最後まで聞くだけは聞きましょう。取引とは何です?」
ジュディ捜査官は、特にエイジンをナイフで刺したり紐で首を絞めたりなどはせず、無表情のまま話を聞いている。
「まず、今後一切グレタ嬢を陥れようとするのをやめる事。あくまでもグレタを無実の罪で逮捕すると言うのなら、俺はあんたの秘密を容赦なく暴く」
殺してくれと言わんばかりの脅し文句を、ストレートに口にするエイジン先生。
「完全に脅迫ですね」
冷やかに答えるジュディ。
「逆にもし、あんたがグレタへの復讐をすっぱり諦めてくれるなら、俺はあんたの秘密を絶対厳守する。と言いたい所だが」
エイジンはわざと困った様な顔をして見せ、
「プロの捜査官であるあんたは、表情を、キッ、と引き締めて、『絶対脅迫なんかに負けたりしない!』、と突っぱねるだろうな」
「言い回しが微妙に嫌ですが、その通りです。一度脅迫に屈すれば、さらなる脅迫が来る事は常識ですから」
「つまり、弱みを握っている俺がこの世界にいる限り、あんたはいつまでも安心する事が出来ないって訳だ」
「そうなりますね」
「だから、たとえ『ジェームズお兄ちゃん』を巻きこむ事になっても、あんたは脅迫そのものには屈する事が出来ない」
「はい。逮捕されたくなければ、脅迫などと言う愚かな行為はやめてください」
「脅迫されたくなければ、復讐などと言う愚かな行為はやめてくれ」
エイジンは、ちゃぶ台をひっくり返す様に両手を高く振り上げて、
「さて、ここまでの展開はあんたも夕べの内に読み切っていただろうが、ここから先はあんたも読めなかった局面に入ろう。お互いに意地を張り合ってもラチが明かないから、俺から一つ譲歩を申し出たい」
「譲歩?」
「もしあんたがグレタへの復讐を完全に諦めてくれると言うのなら、俺はこの世界から今すぐにでも消えてやる。これなら、あんたも安心出来るだろ?」
「この崖から飛び降りて自殺する気ですか? 事情聴取の途中で死なれると、それはそれで困るのですが」
「違う。あんたが俺を元の世界に強制送還するんだ。召喚手続き上のミスとかそんな軽い適当な理由を付けて、グレタに刑事罰が及ばない様にした上でな。この世界の法律はよく知らんが、その位簡単だろ?」
「やろうと思えば出来ます」
「そして、俺の再召喚及びこの世界の人間との接触を一切禁じれば、俺があんたの秘密を暴く可能性は永久に封じられる。どうだ、悪い話じゃないと思うが」
この提案について、ジュディは無表情のまましばらく考えていたが、
「確かに。ですが、エイジンさん。この取引はそちらに不利です。もしあなたがこちらの世界から実質的に永久追放されるという事になると、私が約束を破ってグレタさんを逮捕しても、エイジンさんにはどうする事も出来ませんよ?」
という疑問を口にする。
「あんたが俺を信用してなくても、俺はあんたが信用に足る人間だと思ってる。ただそれだけだ」
崖の上のクライマックスに相応しく、ちょっといい話に持って行くエイジン先生。
「名誉な事ですが、どこか胡散臭いですね」
「じゃあ、もう一つ条件を付けよう。俺はグレタに二千万円で雇われているんだが、まだ一円ももらってない。だから、元の世界に帰るに当たって、その二千万円をあんたが立て替えてくれないか? 後で全額ガル家に請求すればいいから」
「なるほど、そういう事ですか。納得しました」
「言っておくがこれは脅迫じゃないぜ? 一時的に立て替えてもらうだけだ」
そして、最後の最後で全部台無しにするエイジン先生。




