▼236▲ ロボットを追い詰める手順
二時間サスペンスドラマのクライマックスなら、いい加減、追い詰められた犯人が自分から涙ながらに犯行を自白し始めなければならない頃合いなのだが、ジュディ捜査官は「この私に精神的動揺による捜査ミスはないと思って頂きたい」と言わんばかりに、無表情のまま、
「それで妄想は終わりですか?」
淡々とエイジン先生に問う始末。
「ここまで見透かされて、まだシラを切る気か。夕べ、俺達の会話を盗聴してた時点で、自分が詰んでる事位、分かってただろうに」
エイジンは「やれやれだぜ」と言わんばかりに、大きなため息をつく。
「エイジンさんの妄想、もしくは私に対する根拠のない誹謗中傷は、今回の事情聴取とは何の関係もありません」
「ま、そういう事にしてやってもいいさ。グレタ嬢を根拠のない罪に陥れさえしなければな」
「何度も言いますが、それを調査しているのであって、もしグレタさんが黒と判定された場合は」
「今ここで確約しろ。『絶対にグレタには手を出さない』、と」
崖の上で静かに二人はにらみ合い、しばしの沈黙の後、ジュディの方から、
「そんな確約は出来ません。私は特別捜査官として、職務に私情を挟む訳には行かないのですから」
と言い渡す。
これを受けてエイジンは、
「あんたは、確約するしかねえんだよ。もし、あんたが強引にグレタを逮捕したら、俺はエリザベス嬢に助命を嘆願するぜ。『あなたのお友達のジュディさんが、長年温め続けて来たジェームズ君への想いが叶わなくなった腹いせだけの為に、ウチのグレタ嬢を無実の罪に陥れようとしています。どうか助けてあげてください』とな」
とやり返し、
「エリザベス嬢は驚くだろうねえ。『全然気が付かなかったわ。あのジュディがそこまで「ジェームズお兄ちゃん」の事を想っていたなんて!』、ってね。あのお喋り好きなエリザベス嬢の事だ、あんたがずっと周囲からひた隠しにしてこじらせまくった片想いは、あっと言う間に社交界に知れ渡るぞ」
不名誉極まるシミュレーションまでしてみせた。
「小学生の嫌がらせですか」
無表情のまま呆れるジュディ。
「とんでもない、俺はただ雇い主の助命嘆願をするだけだぜ? もっとも、嫌がらせで終わればいいが、そうも行かないだろうよ。結果、あんたには『魔法界の大物にして魔法捜査局特別捜査官』、改め、『恋に破れ、職務に私情を挟み、無実の恋敵を罪に陥れようとした負け犬女』のレッテルが貼られる事になる。さぞや今後の仕事もやりづらくなるだろうねえ。取り調べの間中、事あるごとに容疑者から、『うるせえ、負け犬』とか言われたりしてな」
失礼千万な事を言って笑うエイジン。
「容疑者から侮辱されるのには慣れています。ですが、それに負ける様では特別捜査官は務まりません」
「あんたはいいさ。だけど、噂が社交界に広まれば、『ジェームズお兄ちゃん』も困るだろうねえ。苦難を乗り越えて最愛の妻と結ばれ、平穏無事に暮らしている所へ、あんたのスキャンダルに巻き込まれるなんてなあ」
悪魔の様な笑みを浮かべるエイジン。
「……私を脅迫する気ですか?」
「だったら、どうする? 俺を崖から突き落とすか? 精神操作系の魔法でクルクルパーにでもするか?」
「そんな愚かな事はしません」
「だよな。あんたは賢いから、やるんならもっと上手い方法でやるだろう。だから、俺だってそんな賢い奴を相手に、脅迫なんてバカな真似はしたくない。そこでだ」
エイジン先生は胸の前で両手を、パン、と打ち鳴らし、
「ここは一つ取引と行こうじゃないか、ジュディ様」




