▼234▲ ヒロインになれなかった女の子
「エリザベス嬢の話によると、小さい頃、あんたとジェームズ君は実の兄妹の様に仲が良かったそうじゃないか。親同士が冗談半分に、『将来結婚させようか?』、と言う位に」
エイジン先生がさらに崖の上の問い詰めを続けるが、ジュディは無表情のまま何も言わない。
「『ジュディに関するロマンスと言ったら、その位しか思い付かないわ。大きくなってからは浮いた話の一つもない、仕事一筋の女捜査官様になっちゃったし。その気になればいくらでもいい男が寄って来るでしょうに、もったいない話よね』、とか言ってエリザベス嬢は笑ってたが、『恋多き女』にとって、『ただ一人だけをずっと想い続ける』気持ちは盲点だったらしい」
ますます調子に乗って煽るエイジン。
「妄想の腰を折る様で申し訳ありませんが、私がジェームズさんを兄の様に慕っていたのはせいぜい六、七歳の頃までの話です。そんな幼少時の昔話を持ち出されても、反応に困るのですが」
あくまでも無表情のまま、反論を試みるジュディ。
「嘘だね。あんたはその後もずっと『ジェームズお兄ちゃん』が好きだった。だが、ガル家の『狂犬』ことグレタに、その一途な想いは引き裂かれる事になる」
グレタの名前を強調し、ジュディの反応を探るエイジン先生。しかし、ジュディはまったく動揺の色を見せず、黙ったままエイジンを見ている。
「性格と行動に問題が多過ぎてどこからも婚約話を断られるグレタの為に、ガル家が方々へ頼みこんだ結果、人身御供として選ばれたのが、お人好しのジェームズ君だ。元より愛情があっての婚約でなく、ただの大人の事情の犠牲者だったとも言える。名家には珍しくもない話かもしれないがね。
「もちろん、あんたはジェームズ君と正式に婚約してた訳じゃないから、文句を言う筋合いはない。何と言ってもまだ子供だったし発言力もない。自分の最愛の想い人が最悪な女のモノにされるのを黙って見ているしかなかった。
「子供ながらも賢いあんたは、『何とかあの「狂犬」と「ジェームズお兄ちゃん」との婚約を破棄させられないものか』、と必死に考えたはずだ。当然、グレタを何らかの罪に陥れる事は、真っ先に思い付いたに違いない。怖い子供だな。
「だが、あの聖人の如きジェームズ君の事だ。もしグレタが逮捕されたとしても、彼女との婚約を破棄する事はないだろう。結局、『ジェームズお兄ちゃん』を苦しめる結果にしかならない。
「どう考えても八方塞がりで良い方法が見つからない。それでも何とか状況が変わってチャンスが来る日もあるだろうと、秘めたる想いを胸に何年も虎視眈眈と機会を待ち続けたあんたは、さらなる絶望を味わう事になる。
「ジェームズ君の運命のお相手、リリアン・ラッシュの登場だ。あんたが想いを胸に秘めて待ち続けている目の前で、リリアン嬢とジェームズ君は突然激しい恋に落ち、苦難の末に文字通り『狂犬』グレタを倒し、一気に結婚までしてしまう。
「あんたはさぞや呆然自失だった事だろう。『想いを胸に秘めてなんかいないで、なりふり構わず「狂犬」から「お兄ちゃん」を奪い返すべきだった』、と密かに後悔したかもしれない。けどな、残酷な事を言ってしまうと、最初から無理な話だったんだよ」
エイジン先生は少し真面目な顔になり、わずかに同情を込めたトーンで、
「この出来そこないの少女漫画の様な世界のヒロインは、リリアン嬢であって」
なおも無表情を貫くジュディに対し、
「あんたじゃない」
無慈悲かつ失礼な宣告を下した。




