▼225▲ 終電を逃して帰れなくなった夫の心配をする新妻
盗聴を意識してあえてしょうもない下ネタを盛り込んだバカ話を終えた後、イングリッドはグレタと電話を代わった。
「エイジン? あなた今晩、帰って来られないの? 大丈夫? 何か私に出来る事はない?」
冷静なイングリッドとは対照的に、心配でしょうがない様子が声から伝わって来るグレタ。
「一応聞いてるとは思うが、この電話は盗聴されている。だからうかつな事は」
「監禁されてるの? だったら今からヘリでカチコミに行くわ!」
「人の話を聞け。それとお嬢様がカチコミ言うな」
警告をしつつもツッコミは忘れないエイジン先生。
「エイジンの事が心配なのよ!」
「落ち着け。そもそも俺が心配される様なヘマをやらかすと思うか?」
「それは……そうね、エイジンなら大丈夫ね。私達だって騙されたもの……あ、思い出したら何か腹が立って来たわ」
「終わった事は振り返るな。とりあえず今は大事な用件だけ伝えておく。イングリッドにも言った通り、しばらくそっちに戻れないかもしれないが、俺がいない間もちゃんと心を落ち着ける修行は毎日続けるんだぞ」
「写経の事?」
「ああ、何かイヤな事があっても、写経の力でセルフコントロールを心掛けろ」
「努力するわ」
「よし、その意気だ。俺の事は心配しなくていい。何とか上手く捜査官と話をつけて、あんたには何もお咎めがない様にするから、下手に騒がず大人しくする事。とりあえず伝えたかったのはそれだけだ。じゃあな」
「あ、待って、エイジン!」
「何だ?」
「別に、何もないけど……」
「じゃ、切るぞ」
「違うの、何もないけど、もっとお話したいの!」
その後、話を打ち切ろうとする度にグレタに通話を引き延ばされ、エイジンは結局ずるずると三十分程他愛もない話に付き合わされる。
「もういいだろ。あんまり長話すると、『もうウチの電話使うな』って怒られるかもしれん」
最後はなかば強引に通話を終えたエイジン。
特にこの話とは関係ないが、新婚時代は夫の帰りが遅くなると心配してくれていた妻も、やがて、
「あ、もう帰って来たの?」
と、うっとおしそうに言う日が来るとか来ないとか。




