▼211▲ 笑ってはいけない監視役
護送車に揺られる事約二時間。エイジンとアランは、近代的な街の一角を占める巨大なビルの前でようやく車から降ろされた。正面玄関の上には「魔法捜査局本部」と書かれている。
「こっちの世界の事はよく分からんが、いきなり本部で事情聴取かよ。普通、最寄りの支部でやるんじゃないのか」
エイジンがアランに尋ねる。
「どうやら、思ったより事態は深刻らしいですね」
不安げな表情を隠せないアラン。
「まあ、俺の世界でも、共有ソフトを作った東京のプログラマーが京都府警に逮捕されたりしてたからな」
「すみません、その例えがよく分かりません」
「安心しろ、そのプログラマーは最終的に無罪を勝ち取った」
エイジンとアランは二人の黒ローブ少女の誘導に従って建物の中へと入り、そのままエレベーターに乗せられてビルの屋上までやって来る。
「ここで取り調べをするのか。中々広くていい場所じゃないか」
両手を広げ、おどけた口調で黒ローブ少女達に言うエイジン。
「いえ、ここからはあれに乗って移動します」
黒ローブ少女の一人が淡々と指差す先には、一台の黒塗りのヘリコプターが控えていた。
「何か話が大げさになって来たな」
小ボケを大ボケで潰された感のあるエイジン先生。流石にヘリコプターを用意するのは卑怯。
「私達は一体どこへ連れて行かれるんです?」
呑気なエイジン先生と対照的に、不安そうな口調でアランが問う。
「その質問にはお答え出来ません」
黒ローブ少女は淡々と答え、エイジンとアランをヘリまで案内し、
「飛行中は騒音が激しいので、このヘッドセットを装着してください。マイクを使って話も出来ますが、会話は全て録音されていますので、注意してください」
乗り込んだ二人に小型マイクの付いた密閉型ヘッドホンを手渡した。
やがてヘリは大きなプロペラ音と共に浮上し、エイジンとアランは二人の黒ローブ少女と狭い機内で向かい合って座る形で、行き先不明のミステリーツアーへと出発する。
「あー、あー、聞こえるか、アラン?」
騒音の中、早速ヘッドセットの具合を試すエイジン。
「聞こえます。こちらからの声は聞こえますか?」
「ああ、割と明瞭に聞こえるな、これ。つまり、このお嬢さん方にも俺達の会話は筒抜けって訳だ」
そう言ってエイジンは黒ローブ少女達の方を見たが、澄まし顔で監視役に徹している二人から特にリアクションは返って来ない。
「そうですね。だからうかつな事は言わない様にした方がいいですよ、エイジン先生」
「しかし、あれだな。突然得体の知れない人達に連行された挙句、ヘリに乗せられるなんて、お笑いバラエティー番組の出演者になった気分だ」
「車ではたどり着けない交通の不便な場所に連れて行かれる、という事でしょうか」
「飛行の途中でクイズに答えさせられたりしてな。で、不正解の場合、ヘリから突き落とされる」
「死にます。そんな事したら番組自体が打ち切られますから」
「命綱を付けてヘリからぶら下げたまま飛行を続けるのもアリだな」
「絶対視聴者からクレームが殺到します」
「なら、こんなのはどうだ。ヘリを低空で待機させて、下に泥んこのプールを……ん? あんたもお笑い番組は好きかい?」
黒ローブ少女の一人が笑いをこらえて小刻みに震えているのを目ざとく見つけたエイジン先生。どうやら二人のしょうもない会話がツボにはまってしまったらしい。
「よかったらあんたもバカ話に参加しないか? そうやって無言で俺達を見張ってるのも退屈だろう」
「け、結構です……」
小刻みに震えながらかろうじて答える黒ローブ少女。
「そうか、無理強いはしないさ。仕事中だし、会話は全部録音されて残るもんな」
エイジン先生はアランの方に向き直り、
「よし、アラン君。今からあの子を集中攻撃して笑わせるぞ。腹筋がつるまで追い詰めよう」
「可哀想だからやめてあげてください」
妙にツボってしまった黒ローブ少女は、うつむきながら必死に笑いをこらえ続けている。
笑ってはいけない状況下の人間は、笑いの沸点が極度に下がるのである。




