▼21▲ 最後の晩餐
午前中に掘らされた穴を、午後に埋め戻すという、無意味な労働の例えに使われる作業を、何のひねりもなく文字通りそのままやらされたグレタは、
「何度も言うが、嫌になったら、いつこの修行をやめても構わない」
と淡々と言うエイジン先生を睨みつけ、
「古武術の奥義を会得するまでは、絶対にやめませんわ」
と言い捨てて、スコップ片手に稽古場の方へ、アンヌとの通常トレーニングをする為に戻って行った。
「グレタ嬢は中々根性あるな。しかし、間違った方法と根性が結びつくと、何もしないより悪い結果になる事があるのを学ぶべきだ」
泥だらけのグレタの後姿を見送った後で、エイジンがもっともらしい事を言うので、
「それをやらせたのはエイジン先生ですが」
と、アランは突っ込まざるを得なかった。
「人を騙すのは心が痛むな」
「顔が笑ってます」
「大金は良くも悪くも人の罪悪感を消し飛ばすのさ。しかしこの分だと、グレタ嬢はこの修行を一週間やりとげちまうかもしれないな。次の手を考えないと」
「もう一週間追加したらどうです」
「アラン君もしれっと残酷な事を言うね。だがあまりやり過ぎると、流石に疑い始めるからまずい。あくまでも俺は古武術マスターで、この修行は古武術を習得する為に必要なものである、という大前提は崩さない様にしないといけないんだ。途中で詐欺だとバレたら、金が入らん」
「途中で詐欺だとバレたら、私もアンヌも同罪で解雇は免れません」
「だな。今後も三人で頑張ろう。今晩からしつこいメイドもいなくなって、あの小屋には俺一人だ。作戦会議が必要な時はそこでやる」
そう言ってアランと別れ、小屋に帰ってきたエイジンを、
「おかえりなさいませ、エイジン先生」
と、しつこいメイドが出迎える。
「ああ、ただいま。例の物はどこに?」
「はい、こちらが呼び出し用の携帯です。説明書と充電器はビーフストロガノフのレシピと一緒に、居間のテーブルの上に置いておきました」
「ありがとう。今後は用がある時はこれを使うから、もう戻っていいよ」
「その前に夕食のご用意をいたします」
「自分で作るからいい。言われた食材は持って来てくれたんだろ?」
「はい、全て冷蔵庫に入ってます。では」
「待て。なぜ、外でなくキッチンに向かう? いいからもう帰ってくれ」
「どうしてもご自分で料理されるというのですか」
「どうしてもご自分で料理するんだ」
「ならば、私を倒してからキッチンへどうぞ」
ずい、と仁王立ちになるイングリッド。
「昨晩は大目に見たが、あまり度が過ぎるとグレタ嬢に言い付けるぞ。『イングリッドが、俺にうるさくつきまとって、修行の妨げになってしょうがない』と」
「申し訳ありません。でも、今晩だけ作らせてください。既に下ごしらえも済ませてしまったものですから」
深々と頭を下げるイングリッド。
エイジン先生は、はぁ、とため息をついて、
「分かった。でも本当に今晩が最後だからな」
しつこいメイドに押し切られてしまうのだった。




