▼205▲ 悪役令嬢改め「元」悪役令嬢
「こうなったら、エリザベス嬢と戦うな、とまでは言わん。安全に配慮したルールを事前に決めて、その範囲内で軽く立ち合う程度に留める様に」
「分かったわ」
エイジン先生の忠告を聞いて返事をするものの、グレタはさっきから一心不乱にサンドバッグに鋭い回し蹴りを叩きこんでいる辺り、あまり真剣に聞く気はないらしい。
表情も心なしか「狂犬」時代に戻ってしまったかの様である。
「苦労して更生させたヤンキー娘がまた特攻服を着て木刀を持って家を飛び出した時の父親ってこんな気持ちだろうか」
「長くて分かりづらい上、ヤンキー娘のイメージが前時代的過ぎます、エイジン先生」
エイジンに淡々とツッコミを入れるイングリッド。
「元はと言えば、あんたが条件反射的にグレタ嬢の意向をダイレクトに先方に伝えたのが原因なんだが」
「それが私の仕事です」
「俺と相談してた事も考慮して、返事をもう少し待つ、っていう選択肢もあっただろう」
「正直、昨日の一件もありますので、早い内にエリザベス嬢をこらしめておくのも悪くはないかと」
「グレタ嬢が勝てばの話だがな」
「お嬢様があの女に負けるとでも?」
「可能性は高い」
「何を根拠に?」
「あんたも俺の世界の漫画には結構詳しい方だよな」
「はい。例の倉庫に置いてあるものを研究の為に読みこんでいます。最近の研究テーマは『成人向けエロ漫画から学ぶムッツリスケベ系男子の落とし方』です」
「何の役にも立たないから即刻研究を中止しろ」
「エイジン先生はしっかり立っているので、一応研究の成果は出ていま」
「やかましい」
「軽いメイドジョークです」
「俺が雇い主なら解雇してるわ」
「不当解雇はいけませんね」
「もういい。話を元に戻すと、バトル漫画でこういう場合、十中八九、グレタ嬢が負けるパターンだ。完膚なきまでにな」
「現実と漫画を混同するとバカにされますよ、エイジン先生」
「あんたに言われたくねえよ。新しい悪役が登場する時、それまでの悪役はそいつの踏み台にされるんだ」
「バトル漫画特有のパワーインフレですね。ハーレム漫画であれば、どんなに強い新ヒロインが現れようとも『本妻が最強』ですが」
「まあ、それはバトル漫画にも言えるな。どんなに強い悪役が現れようとも『主人公が最強』な訳だし」
「なら問題はないでしょう」
「どう考えてもグレタ嬢はこの世界の主人公じゃねえよ。主人公にコテンパンにされる悪役令嬢だ。いや、状況的には『元』悪役令嬢か」
「エイジン先生をこちらに召喚する前と後で比較すれば、確かにグレタお嬢様は見違える程穏やかになられました。匠の粋な計らいで劇的に変化するリフォーム物件の様に」
「あんたはほとんど変わってないんだろうな。いわゆるリフォーム失敗物件」
「失礼ですね。誰が失敗物件ですか」
「悪い、ちょっと口が滑った」
「まだ匠に内部をいじられてもいないのに」
「やかましい」
その後もエイジンは、このタイミングでエリザベス嬢が乗り込んで来る事の危険性を訴えたが、イングリッドは真面目に受け取ろうとせず、
「でも、流石に全面ガラス張りの家はないと思うんですよ」
「あれは違う番組だろ。ってかよく知ってるな」
いつしかエイジン先生もそのペースに巻き込まれ、全然関係ない話に興じている始末。




