▼200▲ デートの後で男が考える事
夕暮れ時を過ぎた頃、グレタ、イングリッド、エイジンは公園を出て、少し歩いた所にある完全予約制の小さなレストランを訪れ、そこのコース料理で夕食を済ませた。
コースの途中、じゃがいもとザワークラウトを添えた太くて長い自家製ソーセージが出た時には、イングリッドがまた何かしょうもない下ネタをやらかすのではないかとエイジンをハラハラさせたが、流石に外ではこのお笑いメイドも行儀良く振舞っており、
「エイジン先生のご期待に沿えない事をお許しください」
などと気取り澄まして言うだけにとどめていた。
「いや、ここのソーセージは期待以上の美味しさだ。俺は下戸だが、これでビールが飲めたら最高だろうな」
イングリッドの言う「期待」を別の意味の「期待」にすり替えて、エイジンもさらりと流すだけにとどめる。
無事に夕食を済ませて車でガル家に帰り、小屋に戻った所で、
「またいずれソーセージを使った料理の際にとっておきの芸をお見せします」
「永久封印しろ、そんな芸」
ようやく互いの本音をぶちまけるイングリッドとエイジン。
「今日は楽しかったわ。またこういう風にどこかに行きたいわね」
そんな水面下のボケとツッコミの攻防など意に介さず、ご満悦の態のグレタ。
「ですが、あまりエイジン先生を屋敷の外に連れ出すのも危険です。ある意味、脱走計画の下見を手伝っている様なものかもしれません」
イングリッドが釘を刺す。
「安心しろ。脱走した所で、この世界には俺が逃げる場所がないんだからな」
エイジンはそう言って、ネクタイを緩めながら寝室に向かう。
「今晩のジョギングはいかがなされますか?」
当然の様に寝室まで付いてきて、エイジンの上着を脱がそうとするイングリッド。
「昼間、結構歩いたからやめとくかな。それと自分で着替えるから出て行ってくれ」
「ではこのまま入浴してください。既に別のメイドがお風呂の準備をしておきましたので」
「先に入ってくれ。俺は二人の後で入るから」
「お嬢様と私も一緒に入ります。では、また後ほど」
もちろんエイジン先生の意向が無視され、三人で入浴する事になるのは分かりきっていた。エイジンが入らなければ二人は入らず、エイジンが入ると二人も入って来るのでどうしようもない。
イングリッドが部屋を出て行った後、エイジンは脱いだ上着をハンガーに掛けたが、ふと思い出した様にその内ポケットを探り、一枚の名刺大のカードを取り出した。美術館で魔法使いのスタッフにもらったカードである。
それは表にも裏にも何も書かれていない白紙のカードで、その魔法使いによれば、
『もし、こちらの世界で何か魔法に関するトラブルがあれば、こちらに連絡してください。このカードに触れている状態で強く念じるだけでいいです。すぐに係の者をそちらへ寄越します』
という話であった。
エイジンは手にしたカードをしばらく見つめていたが、やがて机の上に置いてあった、「世界の脱獄王 ~彼らはいかにして脱出不可能な刑務所から逃げおおせたか~」、というタイトルの本の中にそれを挟みこみ、着替えを持って風呂場へと向かう。
エイジンが湯船に浸かって何やら物思いに耽っていると、すぐにグレタとイングリッドも風呂場にやって来て、エイジンの両隣に座り、
「何を考えてるの、エイジン?」
「大方、淫らな妄想ですね。分かります」
声を掛けたが、エイジン先生は上の空で、
「ああ」
とだけ返事する。
「否定しないの!?」
「デートの後の男なんてそんなものです、お嬢様」
「ああ。って、何か言ったか?」
ようやく我に返るエイジン。
「エ、エイジンがその気なら、私はべ、別に構わないけど」
「外出すると、どうしても開放的な気分になりますから」
「え、逃げてもいいのか?」
ここに至ってようやくエイジンの妄想の中身を察した二人は、
「よくないわよ!」
「絶対逃がしません」
両脇からエイジンを挟むように体当たりをかまし、湯船の湯を大きく波打たせた。




