▼02▲ 召喚された無職
「ガル家へようこそ、古武術マスター。単刀直入に言うわ、私に一撃必殺の古武術を教えてちょうだい」
ガル家の庭園の片隅で、複雑な幾何学模様を内包した直系二メートル程の円陣が描かれている地面の上に、明らかに自分が今どんな状況なのかを把握出来ていない様子で突っ立っている男へ、グレタはさも当然の様に命令口調で話し掛けた。
男は年齢二十代半ば位。上は白と淡い水色のチェック柄のネルシャツに、黒に近い濃紺のジャケットを羽織り、下はくたびれたジーンズに、履き古した薄茶色のウォーキングシューズ。全体的によれて薄汚れており、ぼさぼさ気味の髪と伸びた不精髭との効果も相まって、無職感が濃厚に漂っている。
「ここはどこだ? 一体何が起こったんだ? 俺は古武術なんて知らな――」
そう言い掛けると、黒いローブに身を包んだ十代後半位の若者があわてて男の前に飛び出して、くるりと背を向けて立ちふさがり、
「グレタお嬢様、そう事を急いてはいけません。古武術マスターは、何の予備知識もなくここへ召喚されたばかりで、混乱されています。私が事情を説明しますので、一時間程お待ち下さい」
と懇願した。
「分かったわ。じゃあ、一時間後に稽古場に連れて来て」
グレタは深紅のドレスを翻し、あっさりとその場から去って行く。
それを見届けると、黒いローブの若者は男の方に向き直り、
「失礼しました。私はガル家に仕える魔法使いのアラン・ドロップと申します。異世界から突然召喚した無礼はお許しください」
と謝ったが、男の方はさらに訳が分からなくなった様子で、
「いや、俺はついさっきまで、駅前の空き店舗の軒先で雨宿りしてたのに、どうやって急にこんな所に」
混乱が続いており、アランの言う事に耳を貸そうとしない。
アランは懐から、ぶ厚い札束を取り出し、
「とりあえず、落ち着いてこちらの説明を聞いて頂ければ、お詫びと謝礼として、そちらの紙幣で百万円差し上げますが」
「伺いましょう。どうぞ、お話を」
男は一瞬で落ち着きを取り戻し、嬉しそうな表情でアランの説明を待った。
相手が今何を一番必要としているかを見抜く事が、説得の鍵である。