▼197▲ 煽っていくスタイルの逆ハー令嬢
エリザベスはぱっちりとした目で、エイジン先生を頭のてっぺんから足の先までサーチした後、
「あなたは大事なグレタお嬢様を護衛する騎士様の役なのね」
と、冗談めかしてからかう様に言った。
「いえ、騎士様と言うよりは下僕の方が近いです。腕っ節には全く自信がないもので」
肩をすくめておどけるエイジン。
「ふふ、仕方ないわ、人には得手不得手があるから。でも大丈夫よ。いざとなったらグレタに守ってもらえばいいわ。何と言っても、社交界きっての武闘派令嬢ですもの」
少々冗談の度が過ぎて来たエリザベス。もちろん、グレタが婚約者を巡ってリリアンとガチで果たし合いをした一件を社交界で知らぬ者はいない。
「いざとならない様に、厄介事からお嬢様を遠ざけるだけで精一杯です」
「苦労していらっしゃるのね」
「そんな情けない私と違って、そちらの騎士様達は頼りになりそうですね」
グレタがキレて余計な事をやらかす前に、話題をエリザベスの背後に控えている五人の美男子の方に持って行くエイジン。
「ふふ、五人揃って、ようやくグレタ一人に対抗出来ると言った所かしら」
また話題をグレタを挑発する方に戻すエリザベス。
「騎士たる者、レディーに手を上げる訳には行きませんからね」
何とかその挑発を和らげようとするエイジン。
「やはり、レディーにはレディーがお相手するのが礼儀ですわね」
さらに倍プッシュで挑発して来るエリザベス。
「ご安心ください。当家のレディーは至って平和主義です。お相手して頂くまでもありません」
「ふふ、面白い冗談ですこと」
エリザベス、さらに挑発をレイズ。
エイジンは振り返らなくても、グレタの「ケンカ売ってんなら買うわよ」という無言のオーラを背中に感じる事が出来た。
ついでにイングリッドの「その時はお嬢様に加勢いたします」という厄介なオーラもセットで。
「冗談などではありません。先日も銀行でライフル銃を持って立てこもった強盗犯を、たまたまその場に居合わせたお嬢様が、『争いは虚しいものです』、の一言で改心させたばかりでして」
明らかに嘘と分かるしょうもない嘘を言い出すエイジン。
「まあ、そんな大事件があったなんて知りませんでしたわ。どこの何て銀行?」
面白がってオーバーリアクションでそれに付き合うエリザベス。
「警察とマスコミが来る前に犯人が投降したので、銀行側から事件に関する具体的な公表は固く口止めされています」
「それは残念ね。いえ、むしろ喜ばしい事なのかしら」
「何であれ深刻な状況になる前に解決出来たのであれば、それは喜ばしい事ではないでしょうか」
「それもそうね」
エリザベスは笑って、グレタの方に向き直り、
「ガル家も中々愉快な人を雇ったわね。どう、グレタ、この後一緒に回らない?」
「せっかくのお誘いだけど遠慮させて頂くわ。私達はここでしばらく休憩するから、どうぞ先に見学していらして」
いらだちが心の中でドアを叩くのを何とか抑えつつ答えるグレタ。
「残念ね。では、私達はこれで。ごきげんよう」
エリザベスは五人のお供を引き連れてその場を後にしたが、その去り際、グレタに聞こえる様に、
「『狂犬』も随分丸くなったものね」
挑発のダメ押しをしっかり残して行った。
もし隣に戻ったエイジンが腕をぎゅっとつかんでいなければ、グレタはエリザベスに突撃していたかもしれない。