▼196▲ 微妙な知り合いに外で声を掛けられた時の気まずさ
その後エイジン先生は、はぐれないように両脇からグレタとイングリッドにがっちり挟まれる様にして、館内の見学を続行させられた。
黒ずくめの服を着た男女三人がぴったりくっついて移動しているのはさぞ異様な光景だろうと思いきや、案外美術館という場所は皆展示品に夢中になっている為、静かに行動している分には誰が何をしていようがあまり構わない傾向がある。
普段着で来ている友人連れや恋人同士が多く、もちろん一人で悠々と観賞する者も結構いる。
少数派ではあるが、「ついさっきまで公園でひとっ走りしてました」と言わんばかりのジョギングスタイルの若者や、「おほほ、これから舞踏会ですの」的な派手な衣装でバキバキに決めているご婦人もおり、
「これなら全員ジャージでも問題なかったかもな」
周囲を見まわして小声で呟くエイジン。
黒ずくめの怪しい三人が順路に従って、ある展示スペースから次の展示スペースに移動する途中、休憩所を兼ねた広々としたロビーに出ると、
「やっぱりそうだわ。ガル家のグレタじゃない!」
背後から馴れ馴れしく声を掛けられた。
三人が振り返ると、そこには肩丸出しの派手な青いロングドレスを着た若い美女が挑発的な笑みを浮かべて立っており、その背後には五人の黒いスーツを着た美男子を従えている。
三対六の戦力差に怯む事なく、グレタは、
「失礼ですが、どこかでお会いしましたかしら?」
毅然と問い返した。
セミショートにパーマをかけ横にふわっと広がった黒髪を揺らして、ふっ、と笑ってから、青いドレスの女は、その意志の強そうなぱっちりした紫色の瞳でグレタを真っ向から見据え、
「テイカー家のエリザベス、と言えば思い出してくれるかしら?」
これに対しグレタは金髪縦ロールを、ぽよん、と揺らして合点がいった様に頷き、
「思い出しましたわ。しばらく見ない間にお美しくなられたので、ついお見それしました」
「ふふ、その言い方ですと、『以前は美しくなかった』、と取れますわね」
「お戯れを。もちろん、『より一層お美しくなられた』、という事ですわ。相変わらず多くの殿方から言い寄られているご様子なのが、何よりの証拠」
「残念ながら、これは皆テイカー家の使用人ですの。そういうあなたこそ、仲睦まじげに殿方と寄り添っていらっしゃる様ですけれど」
「ええ、婚約者ですから」
二人の令嬢による丁寧ではあるがどこか毒のある応酬の最中に、突如グレタが爆弾発言をして、流石のエリザベスも、ぎょっ、と驚いた様子。
あわててエイジンが一歩前に出て、
「失礼しました。当家のお嬢様は冗談が好きなものでして。私はガル家に最近雇われた使用人のエイジンと申します。どうぞよろしく」
爽やかに微笑みながら軽くお辞儀をする。
エリザベスは、ほっ、と息を吐いて、
「まあ、人が悪いこと。すっかり騙されてしまいました」
口に手を当てて軽く笑って見せた。
ある意味、今もエイジン先生に騙されていると言えなくもないが。
「違うわ、婚約者でしょ!」
と抗議したげなグレタを、ちら、と振り返り、
「ややこしくなるから、とりあえず、ただの使用人って事にしとけ」
言葉には出さず、目配せして制するエイジン。