▼194▲ 魔法使いと普通の人との違い
「ついにあの二人が猿になった。ピテカントロプスに退化してしまう日も近いんじゃないかと思う」
「退化の順序が逆じゃないですか。それとそんな事を伝える為に早朝に呼び出さないでください」
翌朝、例の倉庫に呼び出されたアランは、昨晩の全裸コーヒー牛乳からお猿さんプレイの一部始終を無理矢理エイジン先生から聞かされ、何とか澄まし顔で乗り切ろうとしたものの見事に失敗して真っ赤になっていた。
「ちなみにピテカントロプス属はヒト属に包括されて正式には廃止されているが、名前の響きが面白いせいか、俺の世界ではお笑いや歌詞や漫画に結構使われている」
「心底どうでもいい知識です。もう帰っていいですか」
「これからが本題だ。昨晩グレタ嬢とイングリッドと俺が、ベッドの中で全裸で協議した結果」
「だから、そういう話はもういいですから!」
顔を赤くしたまま、耳を塞ごうとするアラン。
「まあ聞け。今日は稽古を休んで、三人で美術館に行く事が決まった。魔法関連の美術展をやっているらしい」
「ああ、メリエス美術館の特別展示ですね。中々評判もいいらしいです。私もいずれ行ってみようかと思ってました」
「アンヌと二人でか?」
「ええ、まあ、そんな所です」
別の意味で顔を赤くするアラン。
「そんな訳で、この倉庫にそれなりの服をもらいに来た。美術館はスーツで行った方がいいのかな?」
「美術館自体はラフな服装で大丈夫ですよ。ただ、グレタお嬢様と一緒ということは、一応デートですよね。お嬢様の服に合わせればいいかと」
「よし、三人お揃いのジャージで行こう」
「何の罰ゲームですかそれは」
「冗談だ。ただあまり堅苦しい格好も嫌だから、あの二人にも庶民的な普段着で行ってもらう」
「せっかくの初デートに出端をくじく様で、ちょっと可哀想な気も」
「いや、美術館を堪能したければ、楽な格好の方が断然いい。特に靴な。館内は結構歩くし、立ち止まる時間も長いから、基本的に足から疲れる」
「それは言えてます」
「ムードより機能を優先するモテない男の発想だがな。一応適当にこの辺の服を持って行って、あの二人に相談してみるとするか」
「何だかんだで気を遣ってくれてますね、エイジン先生」
「と見せかけて、俺の都合に向こうを合わせさせようとしてるだけだぜ」
「はいはい」
「何なら、アラン君も一緒に行くか?」
「お断りします。そんな無粋な真似をしたら、グレタお嬢様から解雇を申し渡されかねません」
職を失う恐怖に一瞬で青くなるアラン。
「ところで、魔法関連の美術品で『これは見ておけ』ってお勧めはないか?」
「私達魔法使いが興味を惹かれるポイントと、普通の人が興味を惹かれるポイントは結構ズレてますから、細かい事は考えず、好きな様に見るのが一番だと思います」
「オタが興味を惹かれるポイントと、一般人が興味を惹かれるポイントがズレてるのと同じか」
「まあ、そんな所です」
オタ扱いされて苦笑する魔法使い。
「ちなみに、アラン君自身は何が一番見たい?」
「今回の展示だと、大魔法使い直筆の日記ですね」
「特別な魔力が込められているとか?」
「いえ、後の大魔法使いがまだ無名時代、中々職にありつけなくても挫けずに頑張っている日常を書き綴ったもので、私の愛読書です」
「俺も俄然興味が湧いて来た」
無職になりかけていた男と現在進行形で無職の男は深く頷き合った。
基本的に魔法使いも普通の人も、「何とか生きて行かねばならない」、という点において、さしたる違いなどない。