▼192▲ 下手に知識がある外国人観光客のこだわり
夜のジョギングから戻って来た後、風呂は男女別々にすべきだというエイジン先生の主張を無視して、さも当然の様に一緒に入浴するグレタとイングリッド。
「俺の世界には、野生の猿が勝手に入って来る露天風呂があってな」
説得を諦めたエイジン先生が、そんな二人に当て付ける様な話を始める。
「可愛いじゃない。お客さんもさぞ大喜びでしょうね」
湯船の中、エイジンに左肩をくっつけて微笑むグレタ。
「エイジン先生の世界には、『猿の様にやりまくる』という例えがありますよね。つまり、『そろそろ我慢が出来なくなったので一つお願いします』、という事ですか?」
同じく、エイジンに右肩をくっつけて真顔でのたまうイングリッド。
「確かに猿は可愛いよな。余計な事は何も喋らないし」
懲りずに当て付けを続行するエイジン。
「猿は寒い時、身を寄せ合って暖を取るのよ」
より一層体を密着させるグレタ。
「つまりエイジン先生は暗に、『人肌の温もりに飢えている』、と訴えていらっしゃるのですね」
より一層体を密着させ、さらに自分の右足をエイジンの左足の上に乗っけるイングリッド。
その後も当て付ける度にグレタとイングリッドから倍返しに報復されて行き、最後には左右からがっちり抱きつかれている状態で、
「せっかくの広い湯船の意味がないんだが」
贅沢な悩みを口にするエイジン。
湯船から上がって体を洗い洗われた後で、エイジンが先に風呂場を出ると、脱衣所の真ん中にクーラーボックスが置いてあり、蓋を開けると氷水の中に瓶入りのコーヒー牛乳が三本冷やしてあった。
「エイジン先生の世界では、風呂上がりにコーヒー牛乳を腰に手を当てて飲む風習があると聞きましたので」
風呂場のドアを開け、ひょいと顔を出したイングリッドが説明する。
「銭湯のお約束だな。もっとも最近じゃ銭湯に通う人も少なくなったが。じゃ、一本もらうぞ」
下にバスタオルを巻いただけの状態で、腰に手を当ててコーヒー牛乳を飲み干した後、キッチンに赴いて瓶を洗い、水きりカゴに逆さに置く律儀なエイジン。
脱衣所に戻ると、風呂から出たばかりと思しき全裸の主従が並んで腰に手を当てて立ち、コーヒー牛乳を飲んでいる場面に出くわした。
「何だろうこの、下手に知識がある外国人観光客が銭湯でやらかしてる感は」
「え、これ何かおかしいの、エイジン?」
エイジンに見られている事に気付き、まだ恥ずかしさが多少残っているのか、胸を中途半端に隠しつつ問うグレタ。
「何かおかしい点があれば、遠慮なく指摘してください、エイジン先生」
全く前を隠そうとせず堂々としているイングリッド。
「強いて言うなら頭」
ぼそっと呟いて、そのまま自分の着替えを持って出て行こうとするエイジンを、クーラーボックスの氷を手に襲撃する全裸の女性二人。
「冷たっ、冷たっ! やめろ!」
「ウキッ!」
「ウキキー!」
もしくは全裸の猿二匹。