▼19▲ ラッキースケベの真の狙い
「いってらっしゃいませ、エイジン先生」
昨晩からの今朝にかけてのゴタゴタなど、まるでなかったかの様に、しれっとしているメイドのイングリッドのお見送りを受け、
「色々御苦労様。もう当分来なくていいから」
せいせいした顔で答える、紺の作務衣姿のエイジン先生。イングリッドのエプロンドレス姿と微妙に合っておらず、チグハグ感が甚だしい。
「エイジン先生がお帰りになる頃、またお伺いします。色々とお渡しする物もございますので」
「ああ、呼び出し用の携帯か。ビーフストロガノフのレシピも忘れないでくれ」
「はい、必ずご用意致します」
朝の爽やかな空気の中、広大な庭を突っ切ってエイジンが稽古場へ向かう途中、同じく稽古場に向かう途中の魔法使いアランに出会った。
「おはようございます、エイジン先生。ひげを剃ると随分若返りますね」
「おはよう、アラン。ひげを生やしたままの方が古武術マスターっぽいかな、とも思ったけど、新品のシェーバーの誘惑に勝てなかった。それはともかく、昨晩はエラい目に遭った」
エイジンはアランに、昨晩から今朝にかけてのイングリッドの数々の奇行について話し、
「もしかして、あのイングリッドってメイドは、この屋敷のエロ接待要員なのか?」
と、尋ねた。
アランは、あわてて首を横に振り、
「まさか。その手の接待が必要な時は、然るべき者が歓楽街へ案内します。当家の屋敷内で、その様な淫らな接待は一切行われません」
「じゃあ、アレはただの痴女か」
「イングリッドについて、その様な噂も聞いた事がありません。至って真面目なメイドです」
「なるほど、するとそういう事か」
エイジンは一人納得する。
「どういう事です?」
「イングリッドは元格闘家だろ。そこへ俺が異世界から古武術マスターという触れ込みで召喚されて来たんだ。イングリッドにしてみれば、興味津々になるのも無理はない」
「なるほど」
「ぜひ一手お相手を願いたい、とか思ってみても、客人相手にメイドが勝負を挑む訳にもいかない。そこで考え付いたのが、あの、『キャー、エイジン先生のエッチ!』作戦だ」
「何ですか、その聞くだけで脱力しそうな作戦は」
「まず先にシャワーを浴びてから、裸のまま居間で待機する。で、俺が寝室から出て来る気配がしたら、いかにもたった今バスルームから出た風を装って、俺に裸を見せ付ける。裸を見られてつい逆上してしまった、という口実で攻撃を仕掛けて、俺がどう反応するか試したんだ」
「大胆と言うか恥じらいがないと言うか、とんでもない作戦ですね」
「で、俺が全く反応しないと見るや、今度は『お詫びに体を拭く』と言う口実で、脱衣所でバスタオルを持って待機した。俺の体付きを観察して、直に触って調べる為にな。全然武術家っぽくない体なんで、かなり変だと思ったろうよ」
「では、武術家でない事がバレてしまったのですか?」
「体付きがどうあれ、戦ってみるまで確信は持てないだろうから、大丈夫だ。体付きについて突っ込まれたら、『古武術では、動きによどみを生じさせない為に、余分な筋肉を付ける事を禁じているのだ』、とか何とか言ってごまかすつもりだったけどな」
「理論武装は完璧でしたか」
「イングリッドはその後も、一緒のベッドで寝るとか言い出したり、こっちが起きるタイミングを見計らって、わざと着替え中のトップレス姿を見せ付けたりして挑発して来たが、もし俺がスケベ心を出して、据え前とばかりにイングリッドに抱き付きでもすれば、向こうは待ってましたとばかりにベタベタと俺の体を触ったり、『きゃー、えっちー』、とか棒読みで言いながら、腕の関節の一つも極めに来るつもりだったろうよ」
「よく誘惑に耐えられましたね」
「向こうの下心が見え見えなのに、乗る詐欺師はいねえよ。結局の所」
エイジンは遠い目になって、
「イングリッドは、俺の体だけが目的だったんだ」
「エイジン先生、その言い方はちょっと」
アランは少し顔を赤くした。