▼189▲ よく混同される二人の殺人鬼
職を失う危機を脱して順風満帆なアランの心を、将来に対する唯ぼんやりとした不安を仄めかして揺さぶった後、倉庫から小屋に戻って来たエイジン先生を、
「おかえりなさいませ、エイジン先生」
ホッケーマスクを被ってチェーンソーを持ったイングリッドが出迎えた。
「ただいま。よくある間違いだが、その二つのアイテムは別々の殺人鬼のものだ」
エイジンが指摘すると、イングリッドはホラー映画の殺人鬼よろしく無言でチェーンソーを振り回しながら踊り始めた。
「こら、危険な工具で遊ぶな」
「ご心配なく、オモチャのチェーンソーです」
片手で軽々とチェーンソーを持ち上げてみせるイングリッド。
「本当にパーティーグッズが無駄に充実してるな、あの倉庫は」
「ちなみにバッテリーとモーター内蔵で、刃もちゃんと回ります」
イングリッドが片手で持ち上げたままチェーンソーの持ち手のレバーを握ると、大きな音を立てて刃が回り出した。
「へえ、凝ってるな」
「太い大根も楽々切れます」
「待て。それはオモチャにしては威力があり過ぎるだろ。子供が安全に遊べないぞ」
「バッテリーとモーターを強力な物と交換しましたから」
「危ないから元に戻せ」
そんなエイジンの言葉を無視して、イングリッドはまた無言でチェーンソーを振り回しながら踊り始める。
「やめろ。ヤワなオモチャに強力な駆動装置を付けると危ないぞ、マジで」
「エイジン先生が悪さをしたら、これでちょん切るので覚悟してください」
踊りをやめて、チェーンソーの先をエイジンの股間にピタリと向けるイングリッド。
「そこがないと困るのはあんたの方だろう」
セクハラにセクハラで返すエイジン先生。
「なるほど。ではさらに改造して、刃を回さずに振動だけを伝える機能に特化させて、エイジン先生の股間を攻めるのに使いましょう」
「子供のオモチャを大人のオモチャにしてどうする」
「ヴィーン」
「やかましい」
「以上、『悪さをしたらおしおきよ』、という警告でした」
イングリッドがそう言いながらホッケーマスクを取ると、
「もちろん、『悪さ』と言うのは一ヶ月前にグレタお嬢様と私がされた行為です。エイジン先生にもお考えがあっての事でしょうが、結局の所、女を騙して金を奪って逃げた事に変わりはありませんから」
その下から、人の顔の皮を剥ぎ取って貼り付けた様な不気味なお面が現れた。
「人聞きが悪いな。人助けをして約束分の報酬をもらってそれ以上は何も要求せずに立ち去っただけだ」
しかし驚く事なく、しれっと言うエイジン。
「モノは言い様ですね。ですが、その前にこの二段落ちにツッコんでくださるとありがたいのですが」
「その皮のお面を取って、さらにもう一段何かある位じゃなきゃ駄目だろう」
「ハードルが高過ぎます」
「精進してくれ」
そう言って、自分の寝室に向かうエイジンの背中を、不気味なお面をつけたままのメイドがチェーンソーでつんつん突っつきながらついて来た。
「何が言いたいんだよ」
エイジンが立ち止まって振り返ると、
「一ヶ月前の時の様に、突然いなくなったりしないでください、エイジン先生」
不気味なお面で表情が読めないイングリッドが、少し悲しげな口調でそう言った。
ちょっと怖いかも。