▼188▲ 幸せの代償
「それに、美味過ぎる話ってのは徹底的に疑うのが基本だ」
エイジンが諭す様な口調でアランに言う。
「確かにその通りですが、ガル家側の人間として言わせて頂けるなら、この話にこれ以上の裏はありません。グレタお嬢様とイングリッドがそれだけエイジン先生に惚れこんでしまっている、という単純な話です。話が美味過ぎるのは、それだけの価値をエイジン先生が持っている、と評価した上での事ですし」
アランが二人の痴女のフォローに回る。
「一ヶ月前に騙された事を遺恨に思って、俺に逆玉話を持ち掛けてその気にさせておいた挙句、いざ美女が待つベッドに入ろうとしたら、布団の中にいたのはトドそっくりの中年のオカマで、俺がそのトドに襲われて悲鳴を上げている所に、『ドッキリ大成功』のプラカードを持ったグレタ嬢とイングリッドが笑いながら寝室に入って来るという可能性も」
「疑い過ぎです。と言うか、よくそこまで細かく想像出来ますね、エイジン先生」
アランは呆れた様にため息をつき、
「第一、無理矢理聞かされていたお話では据え膳も据え膳で、エイジン先生がその気になりさえすれば、どちらとも、その、関係を持つ事が可能だったじゃないですか」
「な、俺が無理矢理詳細を伝えているから、アラン君もそういう冷静な判断が出来るだろ?」
「伝えないでいいです。それはともかく、トドにエイジン先生を襲わせたりしたら、グレタお嬢様はそのトドにさえ嫉妬しかねませんよ」
「そこだけ聞くと、一体どんな野生動物ドキュメンタリー番組だよ」
「エイジン先生と二人きりで一緒に稽古している時間は、グレタお嬢様にとってさぞや至福の一時でしょうね」
「まだ稽古はしてない。色々と身の上話を聞いている所だが、今日も隙あらば膝の上に乗って来ようとしてな」
「猫化してますね。好きな男の人に甘えている女の人にはありがちですが」
「そうか、アンヌもアラン君の前では猫化するんだな」
「わ、私達の事は放っておいてください」
顔を赤くするアラン。
「まあ、最初の内はそんな風に猫化したりして、目を覆いたくなる程のバカップルかもしれないさ。だがやがて愛情が冷めて、お互いの嫌な所が見えて来る様になり、それが積もり積もって我慢ならなくなってくる。そこへ、ほんの些細な事がきっかけになって大ゲンカをやらかした挙句――」
「すみません。人に不安を吹き込むのもやめてください、エイジン先生」
顔を青くするアラン。
幸せな人間はその幸せが失われる事を極度に恐れるものである。
不幸せな人間は「もうどうにでもなーれ」と案外開き直っていたりする。