▼185▲ 温泉宿の風情
上半身をグレタとイングリッドに無理矢理洗われ、そのまま調子に乗って下半身まで洗おうとした二人にちょっぴりHな反撃をして、
「こ、この変態!」
「やっていい事と悪い事があるでしょう、エイジン先生!」
股間をガードしつつ真っ赤な顔で抗議する二人を無視し、エイジンが悠々と自分で残りを洗ってから風呂場を出ると、脱衣所には白地に紺の細い格子柄をあしらった浴衣が用意されていた。
「エイジン先生の世界の温泉宿で、湯上がりに着る様な服を用意してみました。中々風情があってよろしいかと」
風呂場のドアから顔を出し、反撃の余韻に身体を火照らせつつも平静を装って声を掛けるイングリッド。
「全裸で家の中をうろつくよりは遥かに落ち着くな。あれ、下着はどこだ?」
「浴衣の下は何も着けないのでは?」
エイジンにしれっと問い返すイングリッド。
「いや、皆、普通に着けるぞ。ま、いいか。どうせ家の中だし」
「こうして下着を着けずに浴衣をはだけながら卓球をするのが、温泉宿の醍醐味だとも聞いています」
「だからエロ漫画から俺の世界を学ぼうとするのはやめろ」
「例の倉庫から卓球台を持って来させましょうか?」
「こんな夜中に真面目な使用人達をくだらない事に煩わせるな。可哀想だろ」
素肌に浴衣を着て、自分の寝室に戻るエイジン。
「確かにこの格好だと、旅先に来てる気分になるな。実際は誘拐だが」
エイジンがベッドの端に腰掛けてしばし寛いでいると、やがて浴衣姿のグレタとイングリッドが、施錠したドアをマスターキーであっさりと開けて入って来た。
「女子は女子の部屋へ帰れ」
無駄と知りつつ、しっ、しっ、と手を振って追い出そうとするエイジン。
「夫婦は一緒の部屋で寝るものよ」
ためらいなくエイジンの右隣に座るグレタ。
「修学旅行の夜は、男子と女子が先生の目を盗んで一緒の布団で寝るエロイベントが発生するものです」
同じくイングリッドも左隣に座る。
「二人とも色々間違ってるが、あえてツッコまないでおく。だが、皆こうして浴衣を着てる事だし、寝る前に緑茶でも飲まないか? 俺が淹れて来るから」
「それは私の仕事です。少々お待ちを」
エイジンが提案するや否や、イングリッドがさっと立ち上がって寝室を出て行った。
「何で緑茶なの?」
グレタが尋ね、
「俺の世界の温泉宿では、部屋で緑茶を自分で淹れて飲める様になっていてな。湯上りに浴衣で緑茶を飲みながら、『旅に来たなあ』、と風情を感じるものなんだ」
エイジンがしみじみと答える。
しばらくしてイングリッドが、湯呑を三つと、急須に茶筒、それに電気ポットを載せたワゴンを押して戻って来た。
「お、ご苦労様」
「後は木製のテーブルですね」
「いや、そこまで凝らなくていい。ワゴンから直接もらうから」
エイジンの提案に従い、ベッドに並んで座ったまま緑茶の入った湯呑を手にして寛ぐ三人。
「畳敷きの和室で、座布団に座って、その地方のローカル番組を見ながら、テーブルを囲めば完璧なのですが」
ディティールに妙なこだわりを見せるイングリッド。
「いや、これはこれでいいさ。洋室の所だってあるし」
緑茶を啜りつつ微笑むエイジン。
「やけに機嫌がいいわね、エイジン。やっぱり、元の世界の雰囲気は落ち着くの?」
グレタが尋ねる。
「こうして湯呑を手にしている間は、二人共妙な真似が出来ないしな」
余計な一言を言ってしまったエイジン先生は、湯呑を手にしたままのグレタとイングリッドに、左右からギュウギュウと圧迫される羽目に陥った。
「やめろ、茶がこぼれる。子供か、あんたら」
「お茶はもういいわ。早く寝ましょう、エイジン」
「温泉宿の男女は布団の中が本番です。本番だけに」
温泉旅行へ行って、却って疲れたりする事は珍しくない。