▼183▲ 頭がフットーしそうな構図
その後、話題は「据え膳を食うべきか食わざるべきか」から、なぜか「少年漫画における性描写はどこまで許されるか」に移行し、エイジン先生とイングリッドは噛み合わない議論を延々と続けていたが、やがてグレタから連絡が入り、
「グレタお嬢様が、今からこちらにいらっしゃるそうです。夕食の準備を致しますので、エイジン先生は居間でお嬢様のお相手をお願いします」
「何か手伝う事は」
「ありません。出て行ってください」
キッチンを追い出されたエイジンが居間のソファーに深くもたれて座り、倉庫から持ち帰った本を読んでいると、
「何読んでるの、エイジン?」
いきなり頭上からグレタに声を掛けられた。
「来たなら来たって言ってくれ。気配を殺して忍び寄るな」
「そうされると、都合が悪い物でも読んでたの?」
「別に。普通の教養書だ」
「真面目なのね、って、何この『世界の脱獄王 ~彼らはいかにして脱出不可能な刑務所から逃げおおせたか~』ってタイトルは!」
「今日は痴女ドレスじゃなくて作務衣姿なのか。素麺にはそっちの方が合ってるよな」
「とぼけないで」
グレタはエイジンの隣に体をくっつける様にして座り、その腕にぎゅっとしがみついた。
「逃げても無駄よ。また何度でも再召喚するもの」
「まず、そういう病んだ思考を矯正しないとな」
「契約をちゃんと守ってもらうだけよ」
「ああ、矯正も契約の内だ」
「何か待遇に不満があるなら、遠慮なく言って。出来るだけ改善するから」
「じゃ、とりあえず、あんたら二人と風呂と寝床は別々にし」
「却下よ」
「何一つ改善する気ないだろ」
「エイジンだって本当は嬉しいんでしょ?」
「あんたは嬉しいのか?」
「なっ……!」
「俺と素っ裸で風呂と寝床を一緒にして嬉しいんだな?」
「セクハラ発言はやめて」
「先に言ったのはあんただ」
一瞬言葉に詰まったグレタは、無言でエイジンから本を取り上げ、膝の上によじ登って対面座位でがっちりと抱きついた。
「下りろ」
「嫌」
駄々っ子と化したグレタは、頑なにエイジンから離れようとしない。
その後、「素麺が茹であがりました」、と携帯で知らせを受けたエイジンは、グレタに正面から抱きつかれたままキッチンに赴き、それを見たイングリッドから、
「駅弁ですか。変わった体位がお好みで」
と淡々と冷やかされる。
「お宅のお嬢様のご機嫌を少し損ねたらこの始末だ」
「後で私にもやってください」
「断る」
「頭がフットーしそ」
「やかましい」
時として少女漫画の性表現は少年漫画のそれを遥かに凌駕する事もあるが、この話とは直接関係ない。