▼182▲ 据え膳問答
「ところで、少々お尋ねしたい事があるのですが、エイジン先生」
エイジンがティーカップを口元に持っていった時を見計らって、イングリッドがいつもの真面目な口調で切り出した。
「何だ?」
エイジンはそう言って、紅茶を一口飲む。
「ぶっちゃけ、いくら払えば抱いてくれますか?」
「ぶふっ!」
ティーカップを持ったまま激しくむせるエイジンに、イングリッドはすぐ立ち上がり、テーブルを回ってナプキンを差し出した。
「大丈夫ですか、エイジン先生?」
「あんた、狙ってやっただろ!」
咳きこみながらナプキンを受け取り、口元を拭くエイジン。
「ささやかな嫌がらせです。まさか、ここまで上手く行くとは思いませんでした。で、いくら払えば抱いてくれるんですか、エイジン先生?」
「同じネタを二度も食らうか」
「いえ、真面目な話、色仕掛けが駄目なら、札束で頬を引っぱたくのも一つの手かと思いまして」
「普通、立場が逆だろ」
「失礼な。私は金で靡く様な安い女ではありません」
「つまり、俺は金で靡く安い男なのか」
「割とビジネスライクな所がありますから」
「仕事は選ぶわ」
「つまり、私はブラック企業だとでも?」
「あんたの場合、黙って大人しくしていれば超優良ホワイト企業なんだが」
「照れますね」
「褒めてねえよ」
「何か私に至らない点があるのなら、遠慮なく仰ってください。出来るだけご要望に沿える様に努力しますから」
「じゃ、とりあえず、風呂と寝床を一緒にするのはやめてく」
「却下します」
「何一つ努力する気ねえじゃねえか」
「エイジン先生の欲望に反するご要望にはお応え出来ません。どうか、もっと素直になってください」
「欲望のままに生きてたら、碌な人間にならねえぞ」
「欲望がある事は認めるのですね?」
「ああ。あんたは自信を持っていい。だから自分を安売りする様な真似は慎んでくれ。見てる方が痛々しいから」
「エイジン先生が、紳士らしく礼儀正しく同居しているメイドに手を出して頂けるのであれば、慎まない事もないのですが」
「それ紳士じゃねえし礼儀正しくもねえよ。ただのパワハラエロオヤジだ」
「紳士らしく、というのはちゃんと相手の意志を尊重する事です」
「それは同意する」
「相手がバッチコーイな状態で迫ってきたら、押し倒すのが礼儀です」
「いや、その理屈はおかしい」
「エイジン先生の世界では、『据え膳食わぬは男の恥』という教えがあると聞きましたが」
「正しくは、『据え膳食わぬは男の意地』だ」
「嘘ですね」
「はい」
「『はい』じゃないです」
話が噛み合わないまま、イングリッドは自分の席に戻った。