▼180▲ バトル漫画におけるパワーインフレの連鎖
「何とか金だけもらって元の世界に帰れねえかな」
「そこだけ聞くと最低です、エイジン先生」
本気とも冗談ともつかぬエイジンの言葉に、思わずツッコミを入れるアラン。
「今回厄介なのは、俺が何とか脱走して元の世界に帰る事に成功しても、また三十日後、アラン君に強制的に連れ戻されちまう事なんだよなあ」
「私は雇われの身なので、『エイジン先生を再召喚せよ』と言われれば、それに従わない訳にはいきません」
「だよな。脱走以外の手段が必要になってくる」
「また何かグレタお嬢様に詐欺を仕掛けるつもりですか?」
「さあね。裏切り者には教えねえよ」
「立場が立場なので裏切り者呼ばわりされても仕方ないですが。却って何も知らない方がいいのかも知れません」
「それはそれとして、ちょっと心配な事がある。前に、この世界が少女漫画っぽいって言った事を覚えてるか?」
「はい。リリアン嬢がこの世界の主役で、グレタお嬢様は悪役令嬢だとか。今一、ピンと来ないのですが」
「前回、リリアン嬢がめでたくハッピーエンドを迎えた一方で、グレタ嬢が俺にこっぴどい目に遭わされて、一応大団円の構図が出来上がった訳だが」
「そんな事を言ってましたね」
「だとすると、俺がこの世界に呼び戻されたのはおかしい。もう物語は終わったんだ。なのに、何で俺はここにいる必要がある?」
「グレタお嬢様とイングリッドに気に入られてしまったからでしょう。と言うか、『この世界が少女漫画』、という仮定の方が腑に落ちないんですが」
「敗北して退場した悪役にもう一度スポットが当たる時、大抵、その悪役には碌な事が起こらない」
「グレタお嬢様が、またリリアン嬢を襲撃するつもりだとでも? それはないです。お嬢様の関心は、あの通り百パーセントエイジン先生の方に向いていますから」
「そういう展開もある。『悪役が性懲りもなくヒロインに挑戦して返り討ちに遭う』、つまり俺が前回回避させてやったパターンな。だが、俺が心配してるのはそれじゃない」
「では、何です?」
「『さらに強力な悪役が登場し、主人公を襲撃する前に、前回の悪役を屠ってその力を読者に知らしめる』パターンだ。少女漫画と言うより、バトル漫画に多いが」
「グレタお嬢様以上の力を持つ悪役令嬢が、ガル家に襲撃に来ると?」
「ストラグル家かラッシュ家に遺恨を持っていて、荒れてた頃のグレタ嬢以上に凶暴な令嬢に心当たりはないか?」
「さあ、そんな令嬢の事は聞いた事ありません。何しろ、凶暴という点ではウチのお嬢様が群を抜いていましたから」
「『狂犬』の面目躍如だな。だが、もしそんなグレタ嬢を上回る危険な悪役令嬢がガル家に乗り込んで来たら」
「エイジン先生の出番ですね。グレタお嬢様のボディーガードとして」
「いや。この際そいつに、グレタ嬢とイングリッドをまとめて懲らしめてもらってもいいかなと」
「エイジン先生!」
「冗談だ、怒るな。ま、これはあくまでも一つの可能性だ。他にも考えられる展開は色々ある」
二人はそこで話を切り上げ、倉庫を後にした。