▼179▲ 昨日の友による今日の造反の兆し
「元『狂犬』とは言え、グレタ嬢も、『素姓の怪しい男を屋敷の離れに囲って毎晩淫行に耽っている』、なんて悪い噂が立ったらまずいだろう。親御さんや使用人達も、お嬢様を誑かす俺の事をあまり快く思っちゃいまい」
倉庫の書籍コーナーにパイプ椅子を置いて座っていたエイジンが、軽い伸びをしながら、他人事の様に淡々と言う。
「いえ、当家の人間は皆、グレタお嬢様とエイジン先生がイチャ、もとい仲睦まじくされている事を心から歓迎しています。エイジン先生がこちらに来てから、グレタお嬢様は人が変わった様に大人しくなられましたから」
その正面に同じくパイプ椅子を置いて座っているアランが、そんなエイジンの言葉に反駁する。
「イングリッドが言ってた事は本当だったのか。俺がここに来るまでどんだけ荒れてたんだよ、グレタ嬢は」
「このままグレタお嬢様と結婚して頂けたら、と願っています。イングリッドから聞いたかも知れませんが、いずれお嬢様がこの家を出て行かれる際に、エイジン先生がいるといないとでは、大きく状況も変わって来ますし」
「俺の家名で新家を創設する計画があるんだってな。まあ、下手に同じ『ガル家』でのれん分けして、グレタ嬢が何か問題を起こしたら、本家がモロに風評被害を被るからな」
「それもありますが、グレタお嬢様が、『絶対フナコシ家じゃなくちゃ嫌』、と乙女チックに駄々をこねられまして」
「あくまでも俺を巻き込むつもりか」
「エイジン先生がグレタお嬢様と結婚してくだされば、新家創設に当たっての人材確保がすごく楽になるんです。『エイジン先生がいる限り、新しい職場がブラック化する事もないだろう』と」
「そうなると、その人材の筆頭たるアラン君も大助かりな訳だな」
「流石エイジン先生、見抜いていましたか」
「異世界転移関連事業の中心的な役割を担うのは、何と言っても信頼の厚いお抱えの魔法使いだろう。それに、グレタ嬢が独立する時は、当然インストラクターのアンヌも一緒だ。となれば、アラン君はアンヌを追ってグレタ嬢の下で働く事になる」
「ええ。実の所フナコシ家の創設は、私にとっても一大チャンスです。ガル家では下っ端魔法使いですが、フナコシ家では若くして重役扱いが約束されてますから」
「大出世を遂げたアラン君は、アンヌと結婚して郊外に家を建てて温かい家庭を作り、その後も幸せに暮らしましたとさ」
「それは本当に理想の将来像です」
「俺を犠牲にしてな」
「いえ、そこまでは思ってません! エイジン先生の意に反してまで、自分の夢を叶えようなんて事は」
「善良とか邪悪とか関係なく、医者は人の生を願い、葬儀屋は人の死を願うもんさ。人の行動原理には、どうしたって利害関係が影響してくる」
「それは確かに、エイジン先生がグレタお嬢様と結婚してくだされば、私にとっても利益になりますけど」
「前回のアラン君は俺と利害が一致する共犯関係にあったが、今回はそうもいかないらしい」
「今回も私はエイジン先生に害をなそうとは思ってませんから。出来るだけ協力させて頂きます」
「どうだか。雇われの身じゃ、主人においそれと反抗も出来ねえだろ。実際、言われるまま俺を再召喚したり、痴女主従のしょうもない計画を黙ってたりしてるし」
「仕方なかったんです。そこはエイジン先生の悪知恵、もといお知恵で何とかしてください」
「ある意味、前回より今回の方が厄介な状況かもしれないな。利害を共にする味方が一人もいないと来てる」
エイジンは天を仰いで大げさにため息をついて見せた。
「でも、グレタお嬢様も根は善良ないい方だと思います。結婚も決して悪い話では」
「言ったそばから、もう造反の兆しかよ」
力なく笑うエイジン先生。