▼172▲ 暗君と佞臣と潜望鏡
「いかがでしょうか。エイジン先生にとっても、グレタお嬢様と私と結婚する事は、決して悪い話ではないと思うのですが」
湯船の中、エイジンと全裸で肩と肩をくっつけたままのイングリッドが、しれっと言う。
「逆にあんたらはそれでいいのか。二人共黙ってれば基本スペックはかなり高いんだし、その気になれば、俺なんかより遥かにいい条件の男をゲット出来るだろうに。黙ってれば」
湯船の中、イングリッドに全裸で肩と肩をくっつかれたままのエイジンが答える。
「だ、そうです。いかがなさいますか、お嬢様?」
イングリッドがそう言ったのを合図に風呂場のドアが開き、全裸のグレタが大き目のタオルで前を隠しながら、やや前かがみになって、おずおずと入って来た。顔が恥ずかしさで真っ赤になっている。
「あんたまで何やってるんだよ!」
エイジンが驚き呆れつつ叫ぶと、
「エイジンこそ、イングリッドと何やってるのよ!」
タオルで前を隠したままエイジン達の方に近づき、叫び返すグレタ。
「ちょっとした修羅場ですね」
イングリッドはそんな二人を眺めながら、平然と澄ましている。
「いや、確実にあんたが仕組んだ事だろう、これ」
エイジンが横を向いて文句を言ったが、イングリッドも同じ方向を向いて目をそらす。
「と、とにかく、私も入るわ!」
グレタが湯船に入ろうとするのを、
「待て、あわてるな。これはイングリッドの罠だ。もう一度、名家のお嬢様である自分が今何をやろうとしてるのか、冷静に考え直せ」
エイジン先生が努めて冷静に思いとどまる様に説得を試みたが、
「エイジン先生の仰る通りです、お嬢様。湯船に入る前に、まずざっとシャワーを浴びてください」
イングリッドも務めて冷静にボケる始末。
「そっちじゃねえよ!」
思わずツッコむエイジン。
「それとお嬢様、入浴の際にはタオルを湯船に浸けるのはマナー違反です。隠さない方がエイジン先生も喜んでくださいますし」
「そうなの、エイジン?」
主従揃ってのボケ倒しに、エイジンも、
「もういい、勝手にしろ」
ツッコミきれなくなった模様。
グレタはシャワーを浴びた後、タオルを洗面器に残し、まだ少しふっきれていないと見え、胸と股間を中途半端に手で隠しつつ、恐る恐る湯船に浸かり、エイジンの隣にその裸身を寄せて座った。かなり緊張している様子である。
「両手に花ですね、エイジン先生」
イングリッドが淡々と冷やかすと、
「ああ、そうだな」
エイジンが投げやりに答える。
「せっかくこの態勢なんですから、二人の裸の美女の肩に手を回して『ガハハ』とかやってください」
「何が『せっかく』なのか分からん」
「ちょっとしたエロい王様気分が味わえますよ」
「いかにも暗君っぽいな。最後に部下に裏切られて処刑される王様だろう」
二人がごく普通にこうしたやり取りをしていると、真っ赤になってうつむいていたグレタがエイジンの方を向いて、
「随分イングリッドと仲がいいのね、エイジン。夕べはここで何をしてたの?」
と、思い切って聞いた。
「何もしてねえよ」
「全身の洗いっこと潜望鏡プレイを少々」
同時に答えるエイジンとイングリッド。
「潜望鏡プレイ?」
怪訝な顔をするグレタ。
「やってねえよ!」
「お嬢様、お耳を少々」
イングリッドは、ずい、とエイジンの前に身を乗り出し、同じくエイジンの前に身を乗り出したグレタの耳に、小さな声でプレイの説明を吹き込み始めた。
裸の美女二人が胸を隠そうともせず、男の目の前で堂々と内緒話中。
もちろん、これだけエイジンに近いと内緒話の意味がなく、そのえげつない内容はダダ漏れである。
「そ、そんな事まで!?」
聞き終わったグレタがエイジンに驚きの目を向ける。
「落ち着け、イングリッドに騙されてるぞ」
うんざりした表情でその目を受け止めるエイジン。
「で、でも、エイジンがそれで喜んでくれるなら」
「やらんでいい。むしろやるな」
「腰を浮かせてくれる、エイジン?」
「人の話を聞け」
エイジンは、混乱のあまり少しおかしくなっているグレタを正気に戻そうと試みる一方、
「何事も経験です、お嬢様」
「あんたはもう喋るな」
混乱しなくても少しおかしいイングリッドに無駄と知りつつ釘を刺した。