▼171▲ びっくり水のお仕事
「エイジン先生を騙そうとするのは得策でない、と悟りました。と言う訳で、こちらの手の内を全て晒す事にします」
「それ以前に、何で今日もあんたが、さも当然の様に、一緒に湯船に浸かってるんだよ」
夕食後、軽いジョギングを済ませたエイジンが風呂に入って一息ついていると、すぐにイングリッドもやって来て隣に座り、ピタッと体をくっつけて来た。
「やはり、お互い腹蔵なく話し合うには、裸の付き合いが相応しいのではないかと」
「前にも言ったかもしれんが、その手の裸の付き合いは普通、男同士、女同士でやるもんだ」
「グレタお嬢様には、アンディという名前のお兄様がいらっしゃいます」
「無視か」
「現在アンディ様は異世界へ留学していらっしゃいますが、いずれお戻りになって、ゆくゆくはガル家を継ぐ予定になっております」
「グレタ嬢がガル家の一人娘じゃないのか」
「はい、ですからお家乗っ取りは諦めてください」
「そんな事はこれっぽっちも考えてないんだが」
「本来ならお嬢様はジェームズ様の元に嫁ぎ、ガル家とストラグル家との縁戚関係を結ぶ政略結婚の道具となる予定だったのですが」
「真の愛に目覚めたジェームズ君は、家同士の都合だけの婚約を破棄し、めでたくラッシュ家のリリアン嬢と結ばれた訳だ」
「そして残念ながら、巷で『狂犬』と仇名されているグレタお嬢様の社交界での評判はすこぶる悪く」
「本人から聞いたよ。でも自業自得だって事は、ちゃんと分かっているらしい」
「はっきり申しまして、もう嫁の貰い手がありません」
「はっきり言い過ぎ。従者なんだからもう少しオブラートに包んでやれよ」
「この様に政略結婚の道具どころか、普通の結婚すら危ぶまれたお嬢様ですが」
「オブラートはどこに行った」
「エイジン先生が結婚してくだされば、八方丸く収まるのです」
「俺は収まらないんだが」
「お嬢様と結婚してもガル家は継げませんが、ガル家から資金援助を受けて新たにフナコシ家を興し、異世界転移関連事業でひと儲けして、いずれは本家をしのぐ名家にのし上がるのです」
「裏にそんな壮大な野望があったのかよ。しかし、そう上手く行くかどうか」
「その為にはガル家から優秀な人材を引っ張って来る必要があるのですが、『グレタお嬢様の下で働くのは嫌だ』と抜かす輩も多いのです」
「お嬢様の理不尽な暴力が主な原因だろ」
「そこで夫たるエイジン先生の出番です」
「誰が夫だ」
「いいじゃないですか。グレタお嬢様が暴発しそうになったら宥めるだけの簡単なお仕事ですよ?」
「俺は素麺を茹でる時のびっくり水じゃねえぞ」
「実際、エイジン先生がガル家に来てからというもの、グレタお嬢様の情緒が非常に安定して、暴力を振るう事もほとんど無くなったのです。ガル家の使用人の間でエイジン先生は救世主として崇められています」
「俺が来るまでどんだけひどい事をしてたんだよ、グレタお嬢様は」
「『このままグレタお嬢様と結婚してくれればいいのに』と、ガル家の屋敷の者は皆、心から願っているのです」
「いいのかそれで。こんな素姓の知れない男と」
「その様な訳でここは一つ、グレタお嬢様と結婚して頂けませんか。今ならなんと、美女メイドを第二夫人としてお付け致します」
「あんたはテレビショッピングで買うともう一個付いて来るおまけか」
素っ裸同士で肩寄せ合いながらアホな事を言い合う二人だった。