▼17▲ 見られた裸と見た裸
左の軸足一本で体を支え、右の蹴り足をエイジン先生の側頭部の手前で寸止めしたまま、数秒経ってもほとんど揺らがないでいられるという事実は、イングリッドの格闘家としての力量を如実に示すものだった。
ただしメイドとしては、お世話をすべき客人にこのような態度で臨むのは、いささか問題があるものと言わざるを得ない。しかも全裸で。
どこかの業界なら、これはこれでご褒美なのかもしれないが、そんな業界に縁のないエイジンは、イングリッドのあられもなさすぎる姿から目をそらしつつ、
「当てないと分かっている蹴りを、避ける必要はない」
と、いかにも武術家っぽく、自分がイングリッドの攻撃に何の反応もしなかった事を正当化した。
それを聞いたイングリッドは、蹴り足をゆっくりと無駄のないきれいな動きで元に戻し、
「裸を見られて、つい取り乱してしまいました。申し訳ありません。どうかお許しを」
と、直立不動になって頭を下げる。全裸で。
裸を見られてつい取り乱した割りに、今その裸を隠そうともせず堂々としているのはなぜなんだ、と突っ込み所満載であったものの、エイジンはそこには触れずにくるっと後を向いて、
「いいから、早く服を着てくれ」
と、言うだけにとどめた。
その後、薄ピンク色のパジャマに着替えて出て来たイングリッドと入れ替わりで、ようやくエイジンがバスルームに入れる運びとなる。
「今お召しになっている服は、洗濯させて頂きます」
エプロンドレスを着ておらず、パジャマ姿で髪を下ろしたままだと、メイドには見えないイングリッドにそう言われ、
「自分でやるからいい」
「洗濯させて頂きます」
また押し切られるエイジン。イングリッドのオカン化が止まらない。
さらに、シャワーを浴び終えて脱衣所に出ると、そこにはさも当然の様にイングリッドが大きなバスタオルを広げて待ち構えており、エイジンの裸体を頭のてっぺんから足の先まで素早くガン見してから、
「お体をお拭きさせて頂きます」
と、しれっと言ってのけた。
「いらん! 自分で拭く。さっきの仕返しのつもりか、俺が悪かったよ」
バスタオルをひったくり、腰に巻き付けながらエイジンが言うと、
「いえ、どちらかと言えば、先程の失態のお詫びです」
エイジンの体をガン見し続けながら、言葉だけは丁寧に返答するイングリッド。
「いいから、早く出て行ってくれ。俺はあんたの子供か」
「いいえ、お世話をさせて頂くお客様です」
真顔でボケる芸風のイングリッドだった。