▼168▲ 狂犬伝説(笑)
しばらく背面を撫でられて満足した後で、グレタはようやくエイジンから下り、自分のパイプ椅子をエイジンのパイプ椅子の横にくっつけて座り、腕にしがみついてもたれかかりながら、
「――でね、ドアをハンマーでブチ破って私を強制拉致しようとしたその自称問題児矯正カウンセラー(笑)のチンピラを、イングリッドと二人でブチのめしてやったの。最後は、そいつが持って来たハンマーを取り上げて後頭部にフルスイングを――」
エイジンに会う前の『狂犬伝説』の数々を、少し悲しげにしんみりした口調で語っていく。
「事情はどうあれ過剰防衛だろ。よく逮捕されなかったな」
引き気味のエイジンが面白くもなさそうに言う。
「逮捕されたわよ、向こうが。器物破損と暴行と誘拐未遂で」
「どんな敏腕弁護士を雇ったんだよ」
「それから芋づる式に、そいつが今まで問題児矯正と称してやってきた悪行の数々が明るみに出て再逮捕。裁判の結果、懲役七年の判決が出た時、『軽過ぎる!』、と怒ったそのチンピラの元被害者が傍聴席から飛び出して、被告の腹をナイフで滅多刺しにしたの。あっけない最期だったわ」
「何があったか知らんが、よっぽど恨まれてたんだな、そいつ。『人に向けた理不尽な暴力はいつか自分に全部返って来る』、っていう、いい教訓だ」
「後で、そんな悪質業者に依頼した両親は当然締めあげたけど」
「おい、待て」
「分かってるわ、元はと言えば私が悪いって事位。でもその後、両親は懲りずに怪しげな自称霊能者(笑)に私の事を相談しようとしてたから、『目を覚ませ』って、もう一度締めあげざるを得なかったわ」
「どっちが正しいのか分らなくなって来た」
「気が付けば、立派な『ガル家の狂犬』よ。小さい頃に親同士が決めただけの愛のない婚約者に逃げられるのも、当然の成り行きだったの」
「正確には、逃げようとしたのを無理矢理暴力で引き留めたんだがな。で、その暴力は見事に自分に跳ね返って来た訳だが」
「今となっては、恥ずかしい思い出よ」
「成長したんだな」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
「人の意志を無視して無理矢理引き留める事の愚かさに気付いたのは素晴らしい事だ」
「そうね」
「俺を再召喚して無理矢理この世界に引き留めるのも、同じ事だとは思わないか?」
「思わないわ」
グレタはエイジンにもたれかかりながら、うっとりとした口調で、
「だって、二千万円で再契約したもの」
「大金は人を駄目にするな。色々な意味で」
複雑な表情で呟くエイジン。