▼166▲ 人を傷つける優しい言葉
エイジンはグレタの頭を撫でる手を止めて、話を続ける。
「あんたとイングリッドは、一夫一妻制の世界の住人である俺の後ろめたさに付け込もうとしたな。二人で別々に俺と関係を持った上で、『どっちを取るの!』とネチネチ責めて、困りきった俺の情けない姿を見ながら内心ニヤニヤとほくそ笑むつもりだったんだろうが――」
何も言わないままエイジンに抱きついているグレタの背筋に、エイジンが人差し指を上から下につーっと滑らせると、
「はうっ!」
グレタは思わず変な声を出して、ビクン、とのけぞった。
「――俺がそんな事で困りきる様な善人だと思うか?」
「思うわよ! エイジンは善人だもの!」
怒った口調で褒めるグレタ。
「そもそも善人は二股なんかしない」
「だから、エイジンは二股してないじゃない」
「言ってる事が滅茶苦茶なんだが」
「でも、エイジンだって健全な男の人だし、朝から晩まで色仕掛けで誘惑し続ければいつかは限界が来て、つい理性が吹っ飛んで事に及んでもおかしくないわ」
「何気に凄い事言ってるな、あんた」
「エイジンだって、本当は、その、したいんでしょう?」
「で、あんた達の目論見通り、大人しく問い詰められとけ、ってか。俺が十分弱り切った所へ、この国が重婚を認めている事をバラして、『責任取って両方と結婚しろ』、と脅迫するつもりだった、と」
「二人の美女と結婚出来て、何か不満でもあるの?」
「自分で美女言うな。まあ、美女だけど。だがな、お嬢ちゃん、出会ってから二ヶ月しか経ってないどこの馬の骨とも分からない異世界人と無理矢理結婚しようだなんて、狂気の沙汰だと思うんだが」
「私には、エイジンが必要なの!」
グレタは密着していた上半身を少し離して、エイジンと真正面から向き合い、
「たとえ、エイジンが出会ってから二ヶ月しか経ってないどこの馬の骨とも分からない異世界人で、おまけにその異世界で誰にも必要とされない哀れな無職のムッツリスケベだとしても、私にはエイジンが必要なのよ!」
「喧嘩売ってんのか、てめえ」
少しダークな表情になるエイジンだった。