▼164▲ 這い回る手
アランと別れたエイジン先生が稽古場に到着すると、黒いジャージ姿で軽いウォームアップをしていたグレタが、帰宅した主人を出迎える犬の様に走り寄って来て、
「一ヶ月振りに修行再開ね、エイジン。まずは何から教えてくれるのかしら?」
と嬉しそうに言う。
「とりあえず、基本的な心構えからだ」
二人は稽古場の隅で向き合ってパイプ椅子に座り、膝を交えて話を始める事にした。と言うより、グレタは文字通りエイジンの膝に自分の膝を当てている。
「近過ぎるんだが」
「近くても困らないでしょ」
エイジンの苦情をさらっと流して、さらに膝をすりつけてくるグレタ。
「まずは、そういう所から直せ」
「分かったわ」
グレタは椅子から立ち上がり、エイジンの太ももの上に正面からまたがる様に乗っかって抱きついた。
「違う、そうじゃない」
「このまま話しましょ。あ、そうそう」
グレタは、エイジンの股の上に自分の尻が来る様に体をずらして、上半身を密着させ、
「私、今、ジャージの下は何も着てないの。確かめてみる?」
とエイジンの耳元で囁いた。
「昨日といい今日といい、それが名家のお嬢様のする事か」
上に乗っかられて抱きつかれたまま、エイジンが言う。
「本当はエイジンも喜んでいるんでしょ?」
「イングリッドの入れ知恵か?」
「そんな事、どうでもいいわ」
「悪い事は言わんから、あのダメイドの言う事は真に受けるな。師匠選びを間違えると、百害あって一利なしだぞ」
「で、本音はどうなの、エイジン?」
エイジンはその問いに答えず、グレタの背中からジャージの中にいきなり手を突っ込み、背中を直に撫で回した。
「ひゃっ、な、何するの!」
不意打ちを食らって慌てるグレタ。
「本当にブラも着けてないんだな」
淡々とそう言った後、エイジンは背中を撫でていた手をジャージの中に入れたまま前に滑らせ、グレタの下乳を軽く撫でる。
「んっ!」
エイジンの上に乗っかったまま、身をよじるグレタ。
エイジンは手をジャージから抜き、
「下はどうかな」
淡々とそう言って、もう一度手をグレタの背後に回し、そのまま下のジャージに手を突っ込んで、直に尻を撫で回し始めた。
「い、いやっ! やめて、ちょっと!」
グレタは真っ赤になって、エイジンの上で激しくもがいたが、なまじ体を密着させていた為、背後に手を上手く回せず、エイジンになされるがままの状態をどうする事も出来ない。
「『確かめてみる?』って、誘ったのはあんたの方だぜ」
エイジンは無表情でそう言って、尻を撫でていた手を前の方に持って来ようとした。
「やだやだ! もうやめて! お願い!」
足を閉じようにも、エイジンの上にまたがっている格好なので閉じる事が出来ず、大事な場所への侵入を阻むものは何もない。
グレタが観念して目をぎゅっと瞑った時、エイジンは前に滑らせようとする手の動きを止め、
「こんな具合に、イングリッドの言う事を真に受けると碌な目に遭わないから気を付けろ」
と言って、その手をジャージから抜いた。
目を開いたグレタは怒りの形相でのけぞり、平然としているエイジンの頬を引っぱたこうと右手を上げたが、そこで思いとどまった後、もう一度エイジンに体を密着させて抱きつき、
「もう終わり? 我慢しないで触りたければ触れば? エイジンの好きにしなさいよ! 何なら最後までやったらどう?」
誘うと言うよりは怒りを爆発させた。
エイジンはグレタを抱き締め、その頭を優しく撫でて、
「流石にやり過ぎた。すまん。だが、イングリッドと共謀して俺にしょうもないイタズラを仕掛けるのはやめてくれ」
「な、何の事よ」
「二人で俺に色仕掛けして関係を持った後、最後に『どっちを取るの!』と詰め寄るつもりだったんだろう」
「イングリッドがバラしたの!?」
「突拍子もなさ過ぎて、あるいは俺の勘違いかとも思ったが」
エイジンはため息をつき、
「やっぱり、この世界は狂ってる」