▼162▲ 裸のお姫様抱っこ
エイジン先生が二度目のシャワーを浴び終え、体を拭いて浴室から出ようとする所へ、掃除を終えたイングリッドが全裸で入って来るのに出くわした。
しかし、もう慣れたもので、エイジンは大して動揺もせずに、
「早かったな。でもちょうどよかった。俺は今終わった所だから」
そう言って平然と横を通り過ぎようとするのを、イングリッドは片手を伸ばして通せんぼし、
「さっきはよくも私に冷水を浴びせてくれましたね」
「仕返しがしたいのか? 悪かったよ。じゃ、さっさとやってくれ」
「いえ、ここで待っていてください。とりあえず私も藁くずを洗い流しますので」
エイジンを入口の近くに待機させ、シャワーを浴びた後、水気を拭き取ってから、
「お待たせしました。出ましょう」
「俺に冷水を浴びせるんじゃなかったのか」
「お詫びは別の事でお願いします」
脱衣所に出ると、エイジンの正面に立ち、両腕を前に突き出して、
「このまま、お姫様抱っこで寝室まで運んでください。全裸で」
決然と要求した。全裸で。
「そうする事に何の意味があるのかよく分からないんだが」
「冷水の件は、それで許して差し上げます」
「あんたがそれでいいならいいが、ちょっと待て。せめて体を拭いてからだ」
共にバスタオルで体を拭き、ドライヤーで髪を乾かすと、改めて全裸のエイジンが全裸のイングリッドをお姫様抱っこして、
「家の中をこんな格好で歩くのは、ものすごく間抜けなんだが」
と言いながら、寝室に向かう。
イングリッドはエイジンの首に両手を回し、
「パンツを履く暇もない新婚夫婦だと思えば」
「どんな野生の夫婦だよ」
やがてエイジンはイングリッドの寝室の前まで来てドアを開け、
「いえ、エイジン先生の寝室の方が……まあ、こちらでも構いませんが」
抗議を無視して中に入ると、ベッドに近寄り、抱き抱えていた全裸のメイドを、ぽい、と放り出し、
「おやすみ」
と言って、そのまま部屋から出て行こうとした。全裸で。
「待ってください、ここからが本番です。二重の意味で」
「やかましい」
エイジンは足早に脱衣所に引き返し、そこに置いて来た下着と作務衣を着ると、自分の寝室に戻り、自分のベッドに既にもぐり込んでいるイングリッドを発見する。
「出てけ」
「嫌です」
「じゃ俺はあんたのベッドで寝る」
「追いかけるので同じ事です」
イングリッドは「ここで一緒に寝ろ」と言わんばかりに布団を軽く持ち上げた。案の定、布団の下は全裸のままである。
諦めたエイジンがそこにもぐり込むと、イングリッドは待ってましたとばかりに上からがっちりと抱きつき、
「こうするのも一ヶ月ぶりです。もう私のバッテリーが切れかけてました」
「あんたは携帯か」
「エイジン先生に、放置されてバッテリーが切れかけて、ようやく充電にこぎつけた携帯の気持ちが分かりますか?」
「その携帯の気持ちは何となく分からなくもないが、あんたの気持はまったく分からん」
「慣れ親しんだ抱き枕が、突然行方不明になってしまった時の気持ちが分かりますか?」
「随分でかい失くし物だな。テレビのリモコンならともかく」
「妖怪リモコン隠しと一緒にしないでください。あー、慣れ親しんだ抱き枕はやっぱり安心出来ます」
「色々と言いたい事はあるが、もう何かどうでもよくなってきた。眠い」
「私も今夜は、一ヶ月ぶりによく眠れそうです」
やがて、イングリッドは穏やかな寝息を立てて本当に眠り込んでしまった。
よほど安心したものと見え、エイジンが離れてベッドから下りても目を覚まさない。
布団を剥いで、うつ伏せの体を仰向けに引っくり返しても目を覚まさない。
筋肉質だが出ている所は出て引っ込んでいる所は引っ込んでいるうら若きワガママボディが、無防備な状態でエイジンの目の前に横たわっている。
エイジンは寝ているイングリッドをそっとお姫様抱っこの姿勢で抱え上げ、自分の寝室を出てイングリッドの寝室に入り、ベッドに全裸のワガママボディを横たえ、上から布団を掛けると、
「おやすみ」
そう呟いて、自分の寝室に戻り、ベッドにもぐり込んですぐに寝た。
もちろん翌朝目を覚ますと、移動したはずの全裸のイングリッドに横から抱きつかれていたのだが。
「よく眠れましたか、エイジン先生?」
「捨てても捨てても戻って来る人形か、あんたは」
「冷たくすると呪いますよ」
「呪うな」
そしてまた不思議な日々が始まる。




