▼141▲ 白昼堂々の誘拐劇
「用件は三つです。まず一つ目、リリアンさんとジェームズさんにグレタ嬢から伝言を預かって来ました」
緊迫した空気の中、まだ動けないレンタローを背負ったままのエイジンが、もっともらしい口調で言った。
「伝言?」
リリアンが聞き返す。
「はい。『お腹の中の子に免じて、二人のした事を許してあげる。感謝しなさい』、以上です」
エイジン先生が捏造した伝言を聞いた新郎新婦は、こわばった表情を急速に和らげ、互いに顔を見合わせた。
「と言う訳で、もうグレタ嬢にお二人への遺恨はありませんので、安心してください」
「グレタさんからの伝言、確かに受け取りました。『ありがとうございます』と、お伝えください」
「今日、僕達が頂いた祝辞の中で、一番嬉しい言葉でした」
満面の笑みを浮かべたリリアンとジェームズが、エイジンに答える。
「分かりました、その様に伝えます。そして、二つ目の用件。これは私個人からリリアンさんへのお願いなのですが」
「何でしょうか?」
「お分かりでしょうが、レンタローがあなたに伝授した『古武術の奥義』は、私達の流派の中でも非常に危険な技なのです。生命の危機が脅かされる様な極限状況下以外では、どんな事があろうとも使わない、と約束して頂きたい」
「はい、承知しました。もう二度と軽々しく使用しない、と約束します」
真面目な表情になって答えるリリアン。
「分かって頂ければ結構です。そして三つ目の用件ですが、急用が出来た為、私とレンタローはすぐに元の世界に帰らなければならなくなりました。この通りレンタローは酔い潰れて満足にお別れの挨拶もままならない状態ですが、このまま連れて帰ります。どうか、ご了承ください」
「そんなに急な用事なのですか?」
リリアンが尋ねる。
「はい、私達の流派の存亡に関わる一大事です。一刻を争います。このまま屋敷に戻り次第、アランに送り返してもらう予定です」
「そうですか。その様な事情では仕方ありません」
リリアンは背負われているレンタローに向って、深々と頭を下げ、
「レンタロー先生、今まで本当にお世話になりました」
と、心のこもった口調でお別れの挨拶を告げた。
もちろんレンタローは何も言わない。反応出来ない、と言った方が正確かもしれない。
「では、私達はこれで。遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます。どうかお幸せに」
エイジンはそう言って、アラン共々頭を下げ、
「レンタローの私物は全部適当に処分しておいてください」
と最後に付け加えて踵を返し、その場を後にした。
「いや……だ……かえり……たくない……だれか……」
帰る途中、背負われていたレンタローが満足に動けない状態で、パーティーの出席者達に何やら必死に助けを求めていたが、その微かな声がエイジン先生とアラン以外の者の耳に届く事はなかった。