▼14▲ 押し掛けて来て居座るメイド
その後話題は二転三転し、格闘漫画において「発勁」が色々とファンタジーになり過ぎている件についてエイジン先生が私見を述べ始めた所に、イングリッドから小屋の掃除が終了した旨を告げる電話が、アランの携帯に掛かって来た。
「では、小屋に戻りましょう。ここから持ち出す品については、付属しているタグのバーコードを読み取る機械を通しておいてください。在庫管理の都合がありますので」
「セルフレジみたいだな。何だか本当に店で買い物している気分になって来た」
戦利品を台車で運ぶエイジンとアランが小屋に戻ると、まるで悪の組織の戦闘員の様に、メイド部隊が横一列になって、二人を出迎えた。その戦闘員を指揮する怪人、もといイングリッドが一歩前に出て、
「お帰りなさいませ、エイジン先生。ざっと人が住める様にしておきました。どうぞ中へ入ってお確かめください」
と、お辞儀をして言う。
エイジンとアランが小屋に入ってみると、なるほど掃除が隅々までなされ、電気もガスも水道も使える様になっており、寝室のベッドもきれいに整えられていた。
メインの大部屋には、寝転がれる位のソファとテーブルとテレビが用意されており、うっかりすると堕落した生活の誘惑に負けそうなので注意が必要である。
「何か他に必要なものがあれば、何なりとお申しつけください」
イングリッドが言うと、
「冷蔵庫に食材を入れておいて欲しい。そうだな、適当な肉と野菜と――」
「屋敷でお召し上がりにならないので?」
「ああ、せっかくこんないいキッチンがあるんだ。自分で作る」
「でしたら、私が作ります」
「いや、そこまでしなくていい。今日は、もう屋敷に戻ってくれ」
「私はエイジン先生のお付きのメイドですので、ここで一緒に寝泊まりさせて頂きます」
「いや結構だ。仕事とは言え、若い女が男と一つ屋根の下で寝起きするのは、問題がある」
「どんな問題ですか? 具体的に仰ってください」
「いや、襲われる危険とか」
「エイジン先生が?」
「いや、君が」
「エイジン先生は私を襲うつもりなのですか?」
「襲わないが、そういう出来心を誘う様な真似はやめた方がいいと」
「出来心に誘われて、エイジン先生は私を襲うつもりなのですか?」
「襲わないから安心しろ」
「では問題ありませんね」
「いや、だから」
間の抜けた押し問答をしていると、アランが、
「エイジン先生、ちょっと」
と、小屋の裏手にエイジンを連れだした。
「イングリッドは元格闘家で、この屋敷きっての武闘派メイドです。くれぐれも、変な気を起こさない様にお願いします。もし何かのはずみで格闘になったら、エイジン先生が古武術マスターでない事がバレてしまいますから」
「起こさねえよ。ってか、こっちはあいつを追い出すつもりなんだ。何だって強情に居座ろうとするんだか」
「イングリッドは肝が据わっている上に、融通が利かない所がありまして」
「マニュアル人間の鑑だな。とにかく、出て行ってもらうぜ。ここは一つガツンと言ってやる」
エイジンは再び小屋の中に戻り、
「すみませんが、やっぱりお屋敷にお引き取り願えませんか。こちらの精神集中が乱されると、グレタお嬢様の指導にも何かと差支えますので」
相手が武闘派メイドと知ったせいか、妙に丁寧な口調になっていた。