▼138▲ 正真正銘の古武術詐欺師
「嫌です! 俺はずっとこの世界で生きて行きます! 元の世界に帰りたいなら、船越さん一人で帰ってください!」
レンタローは悲痛な叫び声を上げた。
「お前はカルト宗教に洗脳された信者か」
半ば憐れむ様にツッコミを入れるエイジン先生。
「第一、元の世界に帰っても、俺は哀れな無職じゃないですか! ここにいれば何不自由なく暮らせる上、『古武術マスター』として皆から尊敬されるんです!」
「こんな狂った世界にいたら、お前、どんどんおかしくなるぞ。哀れな無職の方がまだマシだ」
「おかしいのは船越さんの方です! 何だって、あんな嫌な事しかない世界に帰るんですか! ここにずっといればいいじゃないですか!」
「そこが俺達の世界で、ここは俺達の世界じゃないからだ。三食が保証されてるからって、刑務所に一生いたいとは思わねえだろ?」
「ここは刑務所じゃなくて楽園です!」
「洗脳された奴は皆そう言うんだ。とにかく帰るぞ。どうしても嫌か?」
「どうしても嫌です!」
「じゃあ、力ずくで連れて行く」
そう言って、エイジンは土下座しているレンタローの方に一歩踏み出した。
レンタローは思わず飛び上がる様にして立ち上がり、怯えた表情で二、三歩後ずさりつつ、指先を下にした右の掌をエイジンの方に向けて腰の辺りで構え、
「こ、来ないでください! お願いします!」
「構えたか。面白え、やってみな」
エイジン先生は、ニヤニヤしながら、さもおかしそうにそう言うと、ゆっくり歩いてレンタローの方に近付いて行く。
「う、うわあああああああ!」
悲愴な決意を固めたレンタローは、悲鳴を上げながらエイジンに向かって特攻し、その腹めがけて右の掌を繰り出した。
が、膝を曲げて姿勢を低くしたエイジンは、レンタローの掌が腹に届く前に、指先を下にした自分の右の掌でレンタローの腹を軽く突く。
「目ぇ覚ませ、レンタロー」
「がはっ!」
その瞬間、突かれた部位から波紋が広がる様に、痺れる様な激痛がレンタローの全身に急速に広がった。
エイジンは、痙攣して倒れそうになるレンタローを支え、そのまま、ひょい、と背負う。
この状況が呑みこめずに絶賛混乱中のアランの方に向かい、
「さて、リリアン嬢とジェームズ君にも一言挨拶しておこう」
と言って、パーティー会場の方へ歩き出すと、
「本当に……古武術マスターだったんですね……エイジン先生」
訳が分からないまま一緒に歩き出したアランが、かろうじてそれだけ言う。
「『古武術マスター』じゃねえよ。『古武術を謳い文句にしてるインチキな道場に通ってた事がある』ってだけだ。最初に言った通り、俺は古武術なんか知らん。正真正銘の『古武術詐欺師』だ」
「どうして、最初に言ってくれなかったんですか!」
「言ったら、お前は哀れな無職になりたくない一心で、『どうかお嬢様に技を教えてください』、って俺に泣き付くだろ。挙句、『教えてくれなければ、元の世界に帰しません』って言われたら、俺は詰む」
悪びれずに答えるエイジン先生。
「ま、いいじゃねえか、結果オーライだったんだから」