▼125▲ 監禁のお誘い
修行最終日、グレタはいつもの倍以上に必死になって、巨大丸太をかわしつつ先端の断面を掌で突く修練を続け、その合間合間の休憩時には、エイジン先生に両手をぎゅっと握られながら説得されていたが、
「と、とにかく、今日中に古武術の奥義を会得するのよ。話はそれからだわ」
明日の襲撃については話をはぐらかして応じようとしない。だが説得を受けている間は心なし頬を赤らめてちょっと嬉しそう。
休憩が終わりエイジンが手を離すと、一瞬すごく名残り惜しそうな顔になり、それでもまた気を引き締めて巨大丸太振り子の方へ戻って行くグレタ。
「あれはもう、すっかりメスの顔ですね」
ゲスな顔をしたイングリッドが、エイジンに近寄って耳元で囁く。
「大切なご主人様に向かって、そんな失礼な事を言うんじゃない」
エイジンがそれを窘める。
「おいたわしいグレタお嬢様。こんな女っ誑しに騙されて、いいようにされてしまうなんて」
一転して悲しげな表情をつくり、わざとらしく目に手を当てて泣き真似を始めるイングリッド。
「人聞きの悪い事を言うな。明日の襲撃を中止してくれれば、俺はもうグレタ嬢には何もしない」
「中止しなければ、何かするつもりなんですね。この変態」
泣き真似をやめたイングリッドは、いつもの取り澄ましたポーカーフェイスに戻ってエイジンを罵倒する。
「モノは相談なんだが、襲撃を中止しなかった場合、あんたにも手伝ってもらって、明日一日グレタ嬢をふんじばって屋敷の外に出られないようにするってのはどうだ?」
「変態な上、犯罪者ですか。最低ですね」
「そう言うと思ったよ。一応聞いただけだ」
「もしグレタお嬢様の意志を踏みにじって、その様な暴挙に出るというのであれば、私はそれを断固阻止させて頂きます。たとえこの身に代えようとも」
「間違った忠義だが、敬意は払っておいてやる。大したメイドさんだよ、あんたは」
「ですが、メスの顔をして監禁されているグレタお嬢様にあんな事やこんな事をするというシチュエーションも、中々そそるものが」
「俺の敬意を返せ」
そうこうしている内に夕刻となり、エイジンはへとへとになったグレタに修行の終了を告げ、
「では、これから修行の成果を確認する」
と、物々しい口調で言い渡し、皆を引き連れ稽古場へと向かった。
「その後、ストラグル家とラッシュ家の様子はどうだ?」
途中、エイジンがアランに尋ねると、
「絶望的です。何も変わった事はありません。両家とも着々と結婚式の準備が進められています」
アランは憔悴しきった顔でそう答え、
「それより大丈夫なんですか、修行の成果なんてある訳ないでしょう」
小声でエイジンに問い返す。
「あんまり大丈夫じゃねえな」
同じく小声で答えるエイジン。
「一体どうするつもりです?」
「神に祈れ」
それを聞いて驚きと悲しみが入り混じった表情になるアランに、エイジン先生はニヤリと笑い、
「何があっても余計な真似はするな。俺の話に合わせろ」
と、念を押した。