▼123▲ 他の女を口説く現場を押さえたストーカーメイド
修行場に到着したエイジンは、既に来ていたグレタの元に歩み寄り、その両手を取ってぎゅっと握り締め、胸の辺りまで持ち上げたが、グレタはされるがまま、それを振り払おうともせず、頬を急速に赤らめてエイジンの顔を見上げ、
「み、見てなさい、今日中に古武術の奥義を会得して見せるから。それで明日、あの二人に復讐を」
「行かないでくれ」
真剣な表情のエイジン先生の言葉に、グレタは一瞬言葉を途切らせ、
「な、何言ってるのよ。私は一度やると決めた事は、絶対に」
「君が傷付く事に、俺は耐えられない」
「ま、負けると決まった訳じゃ」
「頼む」
「私にあの二人を許せっていうの?」
「そうだ」
「そんな事出来る訳ないじゃない!」
「まだジェームズ君の事を愛してるのか?」
「バ、バカな事言わないで! ジェームズはただ親同士が決めた婚約者なだけよ! 最初から何もないんだから! 向こうから、『もう一度婚約してくれ』って言われたって、こっちから願い下げだわ!」
「なら、彼と彼の妻に復讐する必要はない。そうだろ?」
「リリアンと一緒になって、私に恥をかかせた事が腹立つのよ! まるで私があの泥棒猫より劣っているみたいじゃない!」
「俺はそうは思わない」
「え?」
「ジェームズ君が他のつまらない女の元に走ろうとも、君は君だ。君の価値に何ら変わりはない」
「な、何を言って」
「ジェームズ君に見る目がなかっただけだろう。彼は自分の幸運に気付かず、それを容易く手放してしまった。ただそれだけの事だ」
「そ、それは確かにジェームズはバカだけど」
「もし君と婚約していたのが俺だったら、絶対に――」
そこでようやくエイジン先生とグレタは、イングリッドがすぐ側に来て立っており、「ケッ」と言いたげな顔をして二人の茶番劇を無言でずっと見守っていた事に気付く。
グレタはあわててエイジンの手を振り払い、
「ぜ、絶対、今日中に奥義を会得するんだから! アンヌ、用意して!」
丸太修行装置の所に駆け足で行ってしまった。
「肝心な時に邪魔しないでくれ。作業中、キーボードの上に乗って来る猫かあんたは」
その場に残されたエイジンが、あえて淡々とした口調で抗議する。
「グレタお嬢様の手を気安く握らないでください、この変態。そんなに握りたければ、後で私の体のどこでも好きな部位を気が済むまで握らせて差し上げますが?」
イングリッドも負けじと、あえて淡々とした口調で応答する。
「意味分からん。とにかくもう少しで、グレタ嬢に無謀な襲撃を諦めさせる事が出来たんだ。あんただってご主人様を危険な目に遭わせたくないだろう?」
「どさくさに紛れて、グレタお嬢様を口説いている様にしか見えませんでしたが? 隙あらばエロい事をする目的で」
「しねーよ。俺は明日元の世界に戻ったら、もう二度とこの世界の誰とも関わらないつもりだからな」
「ヤリ逃げですか。最低ですね」
「ヤらねえっての。グレタ嬢のお相手は、こっちの世界のもっとちゃんとした男を見つくろってやれ」
「それにお忘れですか? あちらにお帰りの際には、私も同行してエイジン先生の所に泊まる予定なのですが」
「何度も言うが、俺の所は狭いから、どこかよそに泊まった方がいいぞ」
「大丈夫です。布団からはみ出ない様に、エイジン先生にしっかり抱き付いて寝ます。全裸で」
「今、向こうは夏だ。暑苦しくてかなわんわ」
「それは氷プレイを希望する、という前フリですね」
バカップルな会話に頭が痛くなって来たアランは、二人から離れて携帯を取り出し、ストラグル家とラッシュ家に潜入させたスパイとの定期連絡を取った。
目下の所どちらの家にも異常なし。
「しまいにゃ、玄関の土間の冷んやりした所に腹ばいで寝てもらうぞ」
「犬プレイですか。首輪とリードも持参しましょうか? 耳を甘咬みしても構いませんね? バターはいかがなされます?」
むしろ、この二人の方が異常だ。