▼120▲ 残念なくノ一
「ジェームズ君とリリアン嬢の動向には、引き続き気を付けてくれ。特に結婚式を延期する様な気配があれば、すぐに報告が欲しい。出来るか?」
「ストラグル家とラッシュ家には既にこちらからスパイを潜入させてありますから、その点は大丈夫です。何かあったら即エイジン先生に報告します」
そんなやや緊迫感漂うやりとりを終えて、アランと別れたエイジン先生が小屋へ戻ると、
「おかえりなさいませ、エイジン先生」
肩、胸元、太ももと、やたら肌の露出が多く、非実用的かつ史実に反する、黒地に赤いラインの入った忍装束を身にまとったイングリッドが、胸の前で印を結びながら出迎えた。
もちろん、そこには緊迫感の欠片もない。
「ただいま。早速で悪いが、その忍者は色々間違ってる」
「エイジン先生の世界の女忍者モノのVシネマを見て研究しました」
「アレは一ミリたりとも参考にならんぞ。胸から火炎でも発射する気か」
「忍者と言えば、エイジン先生の世界のスパイの事ですよね」
「ああ。だが、あんたにスパイ活動なんて、二歳児が一人でおつかいに行く位無理だろうな」
「『メイドにして忍者』という設定は、結構ポピュラーだと思ったのですが」
「知らん。だがその格好でスパイ先に行ったら、すぐに捕まるのは目に見えてる。大体、どこで何をスパイする気だ」
「エイジン先生の部屋にあるパソコンのハードディスクの中身をじっくりとスパイしようかと」
「鬼かあんた」
「喜んで頂けるよう、エイジン先生の趣味嗜好に関する情報収集を怠る訳には参りません」
「本当に俺を喜ばせたいのなら、そんな行為は断固怠れ。むしろ俺が不慮の死を遂げたら、ハードディスクを粉々にぶっ壊してくれる方がありがたい」
「ほう、これは相当なお宝が秘蔵されていると見ました」
「たいした物はねえよ。だが、人は誰しも墓場まで持っていきたい秘密の一つや二つあるのが普通だ」
「そう言われるとますます知りたくなりますね。当ててみましょうか。ズバリ、ハードなメイドものですね」
「ハードなメイドならもう間に合ってる。一緒にいるのがハードと言う意味で」
「いずれエイジン先生の所に泊めて頂く際に、ハードディスクはしっかり確認するとして」
「するな」
「お着替えが済み次第、キッチンへお越しください。今日の夕食は松茸の土瓶蒸しです」
「やってる事がふざけてる割に、中々渋い所を突いてくるな。そこは感心する」
「お褒めに与り光栄です。後でエイジン先生の松茸も」
「うん、褒めた俺がバカだった」
残念美人はどこまでも残念だった。