▼117▲ 子守歌としての心音
就寝時間になり、照明をナイトランプに切り替えたイングリッドがいつもの様にエイジンのベッドにもぐり込んで来たが、珍しくパジャマを着たままであった。
「色々と考えた末に原点回帰しました。いかがです、着衣エロ派のエイジン先生?」
エイジンの横にぴたりと体をくっつけて問うイングリッド。
「これで俺のベッドから下りて、自分の布団で寝てくれれば、もう何も言う事はない」
目を閉じたまま投げやりに答えるエイジン。
「この抱き枕を持って行っていいのであれば、すぐその様に致しますが」
「俺は抱き枕じゃない」
「そう思っているのは、抱き枕本人だけです」
そう言って、イングリッドはエイジンの横から抱き付いた。
「あんたは名家のメイドとして、お世話すべき大事なお客様を抱き枕扱いするのはどう思う?」
「この場合、抱き枕をお客様扱いしていると言った方が適切かと」
「意味が分からん」
「とにかく、このままでいてください」
そのまま目を閉じ、黙りこむイングリッド。
やがてイングリッドの寝息がゆったりと落ち着いたリズムになったのを確認したエイジンは、そおっと彼女の手を取ってホールドの解除に取り掛かったが、
「人が寝ている間におかしな動きはいけませんよ、エイジン先生」
そう言って、イングリッドは再び抱き付いて来る。
「あんたは飼い主が寝返りを打つ度に怒る添い寝中の飼い猫か」
「今ので目が覚めてしまいました。責任を取って子守歌を歌ってください」
「なぜお客様がメイドの為に子守歌を歌わなきゃならんのだ」
「どうしても歌わないつもりですか」
「どうしても歌わないつもりだ」
「では仕方ありませんね」
イングリッドは、いきなりエイジンが着ていた寝巻用の作務衣の前をはだけさせると、むき出しになった胸板に自分の耳を当て、腰に手を回してしがみつき、
「代わりにエイジン先生の心臓の音を聞かせてください」
「今度は母親の心音を聞いて安眠する赤ちゃんか。もう勝手にしろ」
結局、そのまま寝入ってしまったエイジンが翌朝目を覚ますと、エイジンの心音を聞きながら寝ていたはずのイングリッドが、いつの間にか自分の心音をエイジンに聞かせる態勢になっていた。
具体的には、パジャマの前をはだけて露わになった大きな生乳に押し付ける様に、エイジンの頭を横向きにぎゅっと抱えた状態になっている。
「私の心音でよく眠れましたか、エイジン先生?」
エイジンの頭を抱えたまま、真顔でイングリッドが問う。
「なあ、何事にも限度があると思うんだ」
イングリッドの言葉と心音をステレオで同時に聞きながら抗議するエイジン。