▼114▲ 「撃てるものなら撃ってみろ!」と言われて本当に撃つ奴
エイジン先生は、修行を中断して自分の側までやって来たグレタに、例によって復讐を諦める様、懇々と言って聞かせたが、
「ここまで来て諦める事なんか出来ないわ。何としても三日以内に古武術の奥義を会得するのよ」
と、グレタは聞く耳を持とうとしないどころか、
「ところで、私が古武術の奥義を会得出来たかどうかは、どう判定するの?」
古武術詐欺の最も痛い所を逆に突いて来る始末。
まさかエイジンも、「そんなもんは知らん」、とは言えず、
「それは実際に人体に試してみるしかない。技を食らった方が全身を激痛に襲われ悶絶して倒れたら、合格だ」
もっともらしい口調で無茶苦茶な事を言ってのける。
「ジェームズとリリアンに、古武術の奥義をぶっつけ本番で試せ、って事?」
「いや、流石にそれは無謀だ。奥義を会得出来たかどうかは、事前に確かめる必要がある。もちろん、復讐そのものを諦めれば一番いいのだが」
「復讐は諦めないわよ。それはともかく、誰か技の被験体を雇えって事? 新薬の治験みたいに」
「いや、こんな危険な技を無関係の第三者に試す訳には行かない」
「身内のアンヌかイングリッドに頼めと言うの? 雇い主としてそこまでさせる訳には行かないわ」
「俺が被験体になる。俺の腹を君が掌で突き、俺を悶絶させて倒す事が出来れば合格だ」
グレタはエイジンの言葉に驚いて目をぱちくりさせ、
「そんな事出来る訳ないじゃない! あの技を食らったら、しばらく動けなくなる位のダメージが残るのよ!」
自分がリリアンから技を食らった時の惨状を思い出したのか、思わず声を荒げて抗議する。
「師匠である俺が、弟子である君の技の完成を、その身を以て確かめるのは当然だ」
エイジンはグレタの正面に回って仁王立ちになり、
「実際にその掌で俺の腹を突いてみるがいい。まだ奥義の会得には至っていないだろうから、大丈夫だ」
と誘いを掛ける。
そんな事出来ないわ、と拒否するかと思いきや、グレタは大きく深呼吸をしてから、
「そうね、まだ奥義を会得してないから、大丈夫よね」
と言って、指を下に向けた右の掌をエイジンに向けて構えた。
「ちょ、ちょっと待て。突く前に注意すべき点を言っておこう。まず、この古武術の奥義は『破壊する』のではなく、『衝撃波を与える』のが目的だ」
「ええ、分かってるわ」
「ストロークは短く。間違っても打ち抜かない様に」
「ええ」
「打つ対象は微動だにさせず、内部だけに衝撃波を伝えるイメージで」
「ええ」
「軽く打ったらすぐ引く。ラベルを貼り付ける様にふわっと」
自分から言い出した手前、撤回する事も出来ず、何とか腹へのダメージを軽減する様、エイジン先生は懸命に予防線を張りまくっていた。