▼113▲ 狂犬を乗せた街宣車
「三日後には、いよいよジェームズ君とリリアン嬢の結婚式か。名家の坊ちゃん嬢ちゃん同士の結婚となると、さぞや盛大な催しになるんだろうな。今から色々と準備も大変だろう」
しみじみと言いながら腕組をして立つエイジンの視線の先では、自業自得とは言えジェームズに逃げられリリアンに成敗された負け犬ことグレタが、その二人に復讐を果たそうと、今日も今日とて巨大丸太振り子装置相手に、一心不乱に間抜けな修行を続けていた。
「前にも言いました通り、結婚式当日はジェームズ様の実家のストラグル家の広大な庭園で、野外パーティー形式の披露宴が行われる予定です。雨天の場合は屋敷内の大広間になりますが、天気予報によれば、ほぼ晴れる様子です」
エイジンの隣に立つアランが言う。
「そう言や、俺がここへ来てから、三日位しか雨が降ってないな。今は乾期なのか」
「そんな所です。エイジン先生の世界だと、一ヶ月前はちょうど雨期の真っただ中でしたね」
「ああ、だが今頃はもう梅雨も明けて、すっかり夏らしくなってるだろうよ」
「三日後に、無事帰れるといいですね」
「それには、あのグレタお嬢様に勝算のない襲撃を諦めさせないとな」
「諦めるどころか、どう見てもやる気満々なんですが」
「復讐したいだけなら、もっとスマートな方法がないでもない」
「どんな方法です?」
「披露宴の会場の周囲を街宣車でぐるぐる回りながら、『ジェームズは私をいかに弄んで捨てたか』、について、ある事ない事大音量で演説するってのはどうだ」
「どこがスマートなんですか。ただのタチの悪い嫌がらせです。それに出席者は皆、ジェームズ様が政略結婚の為だけに強制的にグレタお嬢様と婚約させられていた事は知ってますから、意味ないです。そもそも『狂犬』とまで恐れられるグレタお嬢様を、一体誰が弄ぶ事など出来ましょう」
「グレタ嬢の扱いひでえな。流石は悪役令嬢。ま、今のは冗談だが、グレタ嬢がやろうとしてる襲撃も、本質的にはこれとたいして変わらん。本人は『天誅』とか称しているが、『逆恨み』の方が妥当だろうよ。さて、また説得してみるか」
エイジン先生はホイッスルを吹き、グレタに向かって、
「休憩の時間だ」
と声を掛け、狂犬グレタを自分の元に呼び寄せる。
狂犬の割に、この一ヶ月でエイジンによく懐く様になっていた。
ある意味、グレタを弄んでいるのはエイジン本人であるとも言える。