▼112▲ 都合のいい女
「親にしがみつく寝付きの悪い幼児の如く、手足を剥がそうとする度に、目を覚ましてまた抱き付いて来るんでな、結局朝までベッドの中で透け透けのネグリジェ姿のイングリッドにがっちり抱き付かれたままで」
「そういう話はもういいです。お腹一杯ですから」
翌朝、修行場に向かう途中、例によってエイジン先生から昨晩のエロ話を聞かされ顔が真っ赤になったアランが、たまりかねて話を遮った。
「最初は俺を挑発して勝負に持ち込む為のエロ仕掛けから始まったんだろうが、こっちがやり返さないのをいいことにエスカレートして行った結果、今や犯罪者レベルの立派な痴女だ。性犯罪者更生プログラムが必要かもしれん」
言いたい放題のエイジン。
「あの真面目なイングリッドが、この一ヶ月でそこまでおかしくなるなんて思いもしませんでした」
「真面目な奴程、一旦道を踏み外すと一気に堕ちて行くからな。アラン君も気を付けた方がいいぜ。って言っても、もうアンヌがいるから、性犯罪に走る心配はないか」
「勝手に変な想像をしないでください」
「ま、古武術マスターとして勝負を挑まれるよりは、ただの抱き枕にされている方が、こっちも何かとやり易い」
「随分極端な二択ですね」
「まったく、この世界は異常だよ。とても現実とは思えない。何か出来の悪い物語の中にいる気分だ。今、こうして目の前で話をしているアラン君も、実在しないバーチャルリアリティー的な作り物なんじゃないかと」
「そういう心の病気がありますよね。自分を取り巻く現実が、非常に希薄に感じられてしまう症状の」
「毎晩全裸でベッドにもぐり込んで来るメイドと俺とでは、どっちが病気なんだろうな」
「病気というより、単にエイジン先生を好きなんじゃないですか? その、普通に、一人の女性として。言わば勝負下着で迫って来た訳ですし」
「この世界では、気に入った男の家に押し掛けて居座ってベッドに全裸でもぐり込むのが女の求愛行動なのか」
「いや、普通そこまではしません。いや、もしかしたら、する人もいるかもしれませんが」
「俺の世界だとそういう迷惑な女は、いや男も、ストーカー規制法という法律で取り締まられる。そもそも、相手の意志を無視して押し掛けるのは、まっとうな恋愛じゃねえし」
「まあ、正論ですけど」
「本当に俺の事が好きな女なら、俺の古武術詐欺の邪魔になる様な事をせず、一千万円の報酬を騙し取る協力をして、全て上手く行ったら後腐れなく、きれいさっぱり別れてくれる位はしてくれないと」
「エイジン先生、それただの『都合のいい女』です」
頭が痛くなってきたアランだった。