▼111▲ ネグリジェと木人
就寝時間になり、いつもの様に寝室の照明をナイトランプに切り替えた後パジャマを脱いで全裸になりそのまま流れる様にエイジンのベッドにもぐり込もうとするイングリッド。
「下の布団で寝てくれ。それときちんと服を着てくれ」
今までずっと無視されて来た抗議を一応エイジン先生が申し立てると、
「やはりエイジン先生は着衣エロ派なのですね」
意に反してあっさりイングリッドはベッドから出て、いそいそと服を着始めた。
「エロは要らないから、普通に服を着て普通に一人で寝てくれ。俺はそんなに難しい事は言ってないと思うんだが?」
そう言ってエイジンは、着替え中のイングリッドに背を向ける。
「そうですね。着衣エロ派は案外多数派だと思います」
「会話がかみ合ってないんだが。時々でいいから、名家に仕えるメイドとしての誇りを思い出してくれ。そうすれば、自分がどう行動すべきなのかが分かるから」
「私もプロのメイドです。その位言われなくとも分かっています。さて、着替え終わりました」
「そうか。じゃあ、おやすみ」
「確認してください。さもなければ、また脱ぎます」
エイジンが面倒くさそうに寝返りをうつと、なるほど、イングリッドはちゃんと服を着ていた。
透け透けの黒いネグリジェに、ノーブラかつ布面積の少ない黒い紐パン一丁で。
思わず、ぶっと噴き出して軽くむせるエイジン。
「喜んで頂けた様で何よりです」
「喜んでねえよ。あまりの事に不意を突かれたんだ。何だその格好は」
「ごく普通のナイトウェアですが、何か?」
そのまま有無を言わさず、再びエイジンのベッドにもぐり込むイングリッド。
「待て、あんたは下の布団だ」
「こちらで一つ譲歩したのですから、エイジン先生も一つ譲歩してください」
イングリッドはエイジンの正面から背中に手を回してがっちりと抱き付き、足と足を絡ませる。
「どう考えても、俺の方が二つ譲歩してるんだが」
「あまりじたばたしないでください。動く抱き枕なんて聞いたことありません」
「抱き枕が必要なら、好きなのを買って来い。あんたなら木人樁とかいいんじゃないか」
「抱き枕にしては固過ぎますし、あいにく詠春拳の心得もありませんので」
微妙にマニアックな会話を交わした後、イングリッドはエイジンに抱き付いたまま眠りに落ちる。
動けなくなったエイジン先生の方こそ、カンフー映画でおなじみの木人状態であった。