▼11▲ 無欲と強欲
「こちらが、エイジン先生のお世話をさせて頂くメイドです。何かあったら、彼女に遠慮なく言い付けてください」
アランに案内され、ガル家の立派な洋館風のお屋敷の中に入り、自分の為に用意された豪華な客室でエイジン先生は、白黒のエプロンドレスに身を包んだ本物のメイドさんと対面した。
「イングリッド・バンダムです。よろしくお願いします」
年の頃は二十代前半、黒髪を後頭部やや下でまとめた編み込みヘア、横長レンズの黒ぶち眼鏡、凛として整った面立ち、きびきびとした動作の、どことなく女教師然としたイングリッドに向かって、エイジンは、
「船越英人だ、よろしく。早速だが、部屋を替えてくれないか」
いきなり問題児よろしくワガママを言い出した。
「この部屋はお気に召しませんでしたか?」
イングリッドが問うと、
「もっと質素な所がいい。出来ればこんな豪華な屋敷内の部屋でなく、庭の隅にでも建っている様な小屋が。電気、ガス、水道が使えるとなおいい」
「少し、お待ちください」
イングリッドは懐から携帯を取り出し、何やら問い合わせていたが、五分程で通話を終え、
「昔、宿直の守衛が使っていた小屋があります。いずれ取り壊す予定で、今は使われていませんが、そちらをご覧になりますか?」
「ああ、よろしく頼む」
三人は屋敷を出て、敷地内の端にある、小屋というにはやや立派な平屋の一戸建てにやって来た。
「一応、バス、トイレ、キッチンも付いています」
「うむ、こっちの方がいい。今日からここに寝泊まりさせてもらう」
「では、二時間程頂けますか。一通り生活出来る様に準備しておきますので」
「よろしく頼む」
イングリッドが携帯で応援を呼ぶと、すぐに十人程のメイド部隊がわらわらとやって来て、てきぱきと小屋の掃除に取り掛かった。
「じゃあ、その間、私がエイジン先生を例の倉庫に案内します。準備が終わったら、携帯に連絡をください」
そう言って、アランはエイジンを連れてその場を後にし、小屋から少し離れた所まで来ると、
「なぜ、わざわざ居心地の良い客室から、あんな粗末な小屋に?」
と尋ねる。
「無欲な方が武術の先生らしいだろ、変わり者っぽくて。それに、屋敷内の部屋より外の小屋の方が、俺達で何か密談をするのに好都合だ。屋敷の中だと、誰が聞き耳を立てているか分からないしな」
「なるほど、確かに」
「目先の贅沢に心奪われて失敗するのは三流だ。何か大事をやり遂げようと思ったら、欲は捨てて掛かる事さ」
「恐れ入りました」
「でも、今俺の頭の中は報酬の事で一杯だけどな! やっぱり一千万円って言ったら、大金だぜ!」
大金は人の心を狂わせるのでした。