▼108▲ 飼い主の言う事を聞かない飼い犬のドヤ顔
「俺が元の世界に帰る時、イングリッドも一緒について来て、向こうで休暇を過ごしたい、と言って来たのだが、主人として許可を与えたのか」
巨大丸太振り子修行の合間にエイジン先生は、地面に腰を下ろして休憩しているグレタに尋ねた。
「イングリッドが自分の休暇をどう使おうと、イングリッドの自由よ」
グレタはエイジンを見上げ、「何か問題でも?」、と言いたげな顔をして答える。
「使用人を異世界に送り出す事に不安はないのか」
「エイジンと一緒なら、何も心配ないわ」
もちろんグレタは、毎晩イングリッドが全裸でエイジンの寝床にもぐり込んで抱き付いている事などまったく知らない。
「そうか。主人が納得しているのであればそれで構わないが、三十日経ったらイングリッドが確実に元の世界に帰れるようにしてやってくれ。くれぐれも向こうの世界に置き去りにされる事のない様に」
エイジンはイングリッドを心配していると見せかけて、その実、「あのダメイドをこっちに押し付けたまま放置するな。預かり期間が過ぎたら速やかに引き取ってくれ」、と念を押している。
「大丈夫よ。イングリッドが望むなら、もう三十日位休暇を延長して滞在してもいいし」
「そんな風に、計画を思い付きでいい加減に変更するのはよくない。当初の予定通り、イングリッドは三十日経ったらきっちり元に戻してくれ」
何としても、厄介事とは早目に縁を切りたいエイジン。
「そうね。計画を思い付きでいい加減に変更するのはよくないわね」
グレタは立ち上がって、わざとらしい笑みを浮かべつつ、エイジンに向かって、
「私も当初の予定通り、この手でジェームズとリリアンに天誅を下して見せるわ」
と、宣言した。
「いや、その計画は変更すべきだ。君の為にも」
すぐに掌を返したエイジンのダブルスタンダードな忠告を無視して、グレタは丸太の修行へと戻って行く。
途中で一度振り返り、イタズラをして飼い主から逃げきった飼い犬の様な、してやったりと言わんばかりのドヤ顔をエイジンに見せつけながら。
「藪蛇でしたね」
アランにそう言われて、エイジンは、
「何、こっちも当初の予定通り、古武術詐欺を完遂するだけさ」
と、不敵な笑みを浮かべて見せた。