▼107▲ 虚像と実像
「確かに今の所、俺はグレタ嬢とイングリッドからかなり信頼されている様だが、それはあくまでも『古武術マスター』としてのインチキな俺であって、『古武術詐欺師』という本当の俺じゃない」
そう言って、エイジン先生は笑ってみせる。
「信頼されている分、騙していた事がバレたら、タダでは済まされないでしょうね」
アランは肩を落として大きなため息をついた。
「フルボッコにされた後、逆さ吊りコースかな。後先考えずにグレタ嬢に婚約破棄を申し出た時のジェームズ君みたいに」
エイジンが淡々と口にしたこの言葉に、アランは思わず震え上がる。
「ははは、安心しろ。万が一バレてもフルボッコにされるのは俺だけだ。お前とアンヌに累は及ばない様にする。それ以前に、そんな事にならない様に上手く立ち回って見せるがな」
頼もしいのか図々しいのか、自信ありげに言うエイジン。
「場合によっちゃ、この詐欺が無事終了した後も、さらに一ヶ月間、俺が元いた世界でイングリッドを騙し続けなきゃならなくなる訳だが、それはこっちの世界での古武術詐欺に比べりゃ遥かに気が楽だ。俺もどうせ暇だし、報酬の金もあるしで、適当に観光に付き合ってやれば、一ヶ月なんてすぐだ」
「一ヶ月経っても、『帰りたくありません、ずっとエイジン先生のお側にいます』、とか言い出したらどうします。エイジン先生はかなり気に入られてしまってると思うんですが」
「俺がどんなに懐かれようともそれはない。イングリッドのグレタ嬢への忠誠心は半端じゃねえからな。あの主人思いのメイドが、グレタ嬢を見捨てられるはずがないぜ」
「そこまで読んでいましたか」
「ただ、イングリッドが俺の世界に観光旅行に来るのは、『古武術詐欺が上手く行って、グレタ嬢が復讐を諦めた』場合だ。もしこのままグレタ嬢が復讐を諦めず、ジェームズ君とリリアン嬢の結婚式に乱入して、返り討ちに遭ってざまぁエンドを迎えたら、それどころじゃなくなるからな。主にグレタ嬢の看病で」
「出来れば、それは避けたい事態です」
「まったくだ。その場合、俺への報酬の一千万円も請求しにくくなる。病室で包帯グルグル巻きのグレタ嬢に、『帰るんで、今までの稽古代ください』とも言いづらい。『あんたに一ヶ月稽古してもらった結果がこれよ!』と一喝されればそれまでだ」
「結局お金ですか」
「結局お金だ」
頷きながらしみじみとそう言うエイジン先生を見て、何とも言えない表情になるアランだった。